第23話 VSヴァンパイア

「ジークス・デン・マードです。よろしくお願いします」


 二人の先生に挨拶をし、剣を構える。

 【魔法剣】はまだ使わない。

 それをしては、魔力感知に秀でた達人には”何かある”と気取られるからだ。


「決闘開始」


 審判の先生の言葉を聞くや私は駆け出す。

 間合いに気を配りつつも大胆に詰めて行き、頃合いを見計らって闘技を使用。


「〈過舞太刀かまいたち〉」


 〈迅歩〉のような急加速。

 されど、この闘技が〈迅歩〉と異なるのは自在に軌道を変えられる点だ。

 弧を描くように高速移動し、ラキア先生に側面から斬りかかる。


「甘いよ」


 これまでの多くの生徒達と同様、私の攻撃も手の平で逸らされた。

 とはいえ、〈過舞太刀かまいたち〉はすり抜け様に斬る闘技。

 攻撃は凌がれようと闘技自体は発動したままであり、残りの効果時間で私は先生の背後に移動する。


「〈切断〉」

「おっと」


 移動後、即座に斬撃を放つ。

 狙いは足。ここなら手では防げないだろうとの考えからだったが、先生は前に跳んで躱してしまった。

 前動作もなかったというのに素早い足捌きであり、着地と同時にこちらへ向き直っていた。


「〈斬波〉」


 駆け寄りつつ斬撃を飛ばすも掌底で散らされる。

 このレベルの相手に〈斬波〉は体力の浪費にしかならないが、今回に限ってはこれでいい。

 剣の間合いまであと二歩、といったところでもう一度〈斬波〉を飛ばす。


「狙いは悪くないんだけどね」


 先生はそれを左手で叩いて打ち消した。続く私の斬撃に利き腕で対処するためだろう。

 ラキア先生の、吸血鬼の肉体ならば私の〈斬波〉など掠り傷になるかも怪しいが、それをわざわざ防御してくれるのはこれが試験だからだ。

 基本的に、試験官はその身体能力は完全には発揮せず、私達の実力に合わせて手加減してくれる。


「シィッ」


 フーカ流舞闘術でしばしば使われる軽やかな踏み込み、からの振り下ろし。

 これまで通り防がれ、しかしすぐさま二刀目、三刀目と次の攻撃に繋げていく。

 そのまま十回ほど剣を振るい、


「〈迅歩〉、〈転歩てんぽ〉」


 二つの闘技を合わせてラキア先生の裏に回り込む。

 直線にしか動けない〈迅歩〉だが、速さはそのままに移動方向を変える〈転歩てんぽ〉と合わせれば回り込むような動きも可能だ。


「ハァッ」


 先程と同じように私は足元を狙う。

 けれど、ラキア先生もまた同じように前へと跳躍して避けた。


「〈斬波〉、〈迅歩〉」


 これまた先程同様に斬撃を飛ばし、先生が片手で打ち払い、その様子を私は先程より近くで目にした。

 すかさず使った〈迅歩〉のおかげだ。

 剣の間合いの一歩外。しかし、〈斬波〉なら距離は関係ない。

 魔力を流して一閃、斬撃を飛ばす。


「〈斬波──」

「っ」


 恐らくラキア先生は、私が何かをしたと気付いていた。

 だがこの距離では、全力を出さなくては回避は不可能。

 必然、これまでのように素手で受け流そうとし、


「──・炎刄うつし〉」


 突如噴き上がった火炎に手を焼かれた。

 初めに〈かくし〉の状態で発動しておき、その後一気に出力を全開にしたのだ。

 それでもラキア先生は軽く眉を寄せるだけで大きな動揺は見られないが、私は構わず畳みかける。


「〈金纏・銀刄うつし〉」


 踏み込み剣を振るいつつ、【魔法剣】を発動。鋭く研磨されている銀の魔象が現れた。

 今回は圧縮した魔象を片刃に寄せるのではなく、剣身全体に満遍なく覆うような形だ。

 結果、私の剣はその大きさを一回り増し、幅とリーチが一割ほど増大した。


「銀っ!?」


 ラキア先生から目を瞠る。

 〈斬波・炎刄うつし〉を受けても平然としていたが、銀を受けるのは不味い。

 吸血鬼にとって銀は弱点だからだ。


「づっ」


 銀の剣閃を右手で弾こうとしたものの、僅かに動揺があったことと銀により重みが増していたこと。

 それから私自身が受け流しに抗ったこともあり、斬撃は完璧には流せなかった。

 手の平には小さな創傷ができ、先生は苦し気な表情を浮かべる。

 作戦成功だ。


「ははっ、やってくれるね」


 ラキア先生は獰猛な笑いってそう言った。

 吸血鬼の血に銀が触れると萎縮反応が起こる。

 その反応は血液を伝播して全身に波及するため、接触後数分間は体内組織の機能が乱れ、身体能力が人並みに落ち、各種特殊能力も弱体化し、倦怠感に襲われてしまう。


 つまり今が攻め時だ。


「解除、〈木纏・雷刄〉、二重」


 距離を詰めつつ纏う魔象を模擬戦向きのものに変える。圧縮された雷電が半分ずつ剣身を覆った。

 今の私の〈刄〉ならば、真性闘気の上からでも軽度の麻痺を与えられる。

 弱点である銀の方が効果的と思うかもしれないが、銀による症状は接触量に比例しないそうなので雷を使った方がいい。


 先生に追いつき素早く連撃。今までよりも一層速さを重視して、必要以上の力を込めないように。

 斬撃の威力は低くとも、素手で弾かれたり防がれたりすればその分、雷でダメージを与えられる。

 それでも先生はバックステップを繰り返し、私の剣を避け続けていたが、ついにコートのきわまで追い詰められた。


「いやぁ、相性最悪だねぇっ。大人気おとなげないが本気でやらせてもらおうっ」


 空気が変わったのを肌で感じる。

 袈裟懸けに振るおうとしていた剣を、咄嗟に防御に回した。

 魔象の変更は間に合いそうになく、防御用闘技である〈堅固〉を発動。


「──〈殴猟おうりょう〉」


 私の体が耐えがたい衝撃に襲われたのは、その一瞬後のことだった。


「……っぐ、ぅ」


 気が付けば、私は試合コートの中央付近まで押し戻されていた。

 吹き飛ばしの衝撃で地面に倒れてしまったが、速やかに起き上がり構えを取る。

 ラキア先生は未だコートの端に居た。


「向こうの障壁まで飛ばすつもりだったのだけれど、銀の呪いが掛かってると力加減が難しいな」


 私が立ち上がるのを待っていたのだろう。

 目と目が合うと、先生はゆっくりと歩み寄って来る。


「まさか二連続で使わされることになるとは思わなかったが、今は生徒達の成長を喜ぼう。血血権けっけつけんを行使する──【エネミーラブリーソーイング】」


 ラキア先生は赤い、血で出来た針と糸を生み出した。

 今回は二セット。

 サレンと戦った時は五セットだったが、銀による弱体化でフルスペックは出せないのだろう。


「それでは、今度はこちらから行かせてもらおう」


 ラキア先生が地面を蹴飛ばし、矢のような速度で接近して来た。

 さあ、ここからが本番だ。全力で抗うとしよう。




「ありがとうございました」


 先生達に礼をして試合コートを出た。

 乱れた呼吸や殴打された全身の痛みを闘気功で回復して行く。


 結局、私は本気を出したラキア先生に終始押されてしまっていた。

 能力差は分かっていたため、銀に触れさせた後の連撃で決め切れなかった時点でこの結果は見えていたが、残念だと思う気持ちもたしかにある。


「ナイスファイト。ジークス君、かなりいい線行ってたじゃん」

「ありがとう。だが運よく不意打ちが決まっただけだ。先生が重篤な弱点を抱える吸血鬼でなければこうは行かなかった。振り返ってみれば悪手を打った場面も多い。もっと精進せねば」

「もう、たまには素直に喜びなよ」


 そんなことを話しつつ、次の生徒の試験を眺めるのだった。

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