第3話 決闘

「──と、いう感じだった」


 鑑定士より【魔法剣】の詳細を聞いたのち

 外で待ってくれていたサレンに、聞いた話をそのまま伝えた。


「ふーん、何か地味だね」

「地味……?」


 かなりアタリの【カーディナルスキル】だと思っていたのだが、彼女の反応は芳しくない。


「だってそれ、要はエンチャント魔技と変わんないじゃん」

「エンチャントは強力だろう?」

「そりゃあ無いよりはマシだろうけど……戦闘系のカーディナルって言ったらもっとドッカーンッ、って感じでしょ。【天刑鞭てんけいべん】とか【マッシュマスター】とか」


 贅沢なことを言う『剣王』の少女。

 騎士学院には優秀な【カーディナルスキル】を持つ者が多く在籍しているため、感覚が麻痺しているのだろう。

 かく言う彼女もまた強力な【カーディナルスキル】を持っていることだし。


「たしかにゴウグ達のカーディナルには劣るかもしれないが、それでも戦闘系なのだから幸運だ。確実な戦力強化に繋がる。それにサレンが思っているよりずっと強いと思うぞ、私はな」

「ふーん、そこまで言うなら試してみる? そのカーディナルでどこまで私に追い縋れるか」

「決闘か」


 挑発的な笑みを浮かべ、彼女が提案してくる。


 意見の衝突を力で解決してやる、という訳ではないだろう。六年も一緒に居るのだ、そんな奴じゃないことは良く知っている。

 大方、カーディナルが目覚めたばかりの私を気遣い、訓練相手を買って出たといったところか。

 自分にできることがあれば、迷わず力を貸すのがサレン・ロアラという人間だ。


「いいだろう、受けて立つ」

「じゃあお昼は負けた方の奢りね」


 何が「じゃあ」なのかは分からなかったが、適当に相槌を打って鍛練場に向かう。

 生徒同士の模擬戦は、原則として鍛練場で職員立ち合いのもと行われるのだ。


 春休みでも開いている第二鍛練場で決闘の申請をする。

 白線で区切られたフィールドに移動し、刃引きされている決闘用の剣を構えた。


「フレス領で一番の仕立て屋さん、アリハ・ロアラの娘のサレン・ロアラ」

「マード領領主ライド・デン・マードが子息、ジークス・デン・マード」


 互いに略式の名乗りを上げ、職員の合図と同時に私は駆け出す。


「〈火纏ひまとい〉」


 【魔法剣】で炎を纏わせ剣を振るう。

 が、軽々と受け止め、弾き返された。

 予想できていた結果だ。すぐさま追撃を放つ。


 それが防がれればすぐに次を。

 それが往なされればすぐに次を。

 フェイントのための緩急は付けつつも、決して攻撃の手は緩めない。


 間断なく鳴り渡る金属の衝突音。

 一合ごとに纏った炎から火の粉が舞う。


「たしかに、これはちょっと厄介だね。打ち合うたびに火の粉が散って熱いし、もし回避するなら炎の幅の分、余計に動かなきゃだよ」


 彼女は感想を告げた。私の繰り出す連撃を一歩も動かず凌ぎつつ、だ。

 熱い、などと口にしているが額には汗一つ浮かんでいない。

 しかも私が動きやすい制服──学院の制服は物理的機能性と魔力的防護を兼ね備えた兵装だ──なのに対し、彼女は私服である。


 これが最上位天職『剣王』の力だ。

 頭一つ分以上の体格差など、天職の加護に比すれば無いも同然。闘気操作の練度で圧勝していようと、ノーマル級と王級の隔絶を埋めるにはあまりにも心許ない。

 剣技でも身体能力でも、私は彼女に完敗している。


「〈火纏〉」


 【魔法剣】の効果が切れたため、一旦距離を取り、炎を纏い直してから斬りかかる。

 けれど繰り広げられるのは先刻までの再演。サレンの守りは崩せない。


(そんなことは分かっていた)


 私達の差は付け焼刃のカーディナルなどで埋まらないと、これまでの経験から理解していた。

 だから鍛練場に来るまでに考えた。差を埋めるための策を。


 肺が悲鳴を上げるのを感じながらも攻勢を緩めない。

 針の先くらいでいい。サレンの守りに綻びを生むべく、一心不乱に剣閃を見舞う。

 そして二度目の【魔法剣】が解けた時、機は訪れた。


(ここだッ)


 先のように退く、と見せかけて追撃を加えた。

 虚を突けたのか、私の剣を弾いた彼女の体幹が僅かにブレる。


 ここを逃せば二度目は無いと、上に弾かれた剣を袈裟懸けに振り下ろそうとする。

 それに易々と反応したサレンが、剣を防御に持ち上げるのを確認した瞬間、


「〈金纏〉!」

「!?」


 【魔法剣】を発動した。刹那の内に刀身は鉄塊に覆われる。

 基礎五属性の魔象の中で、最も重いのが金属性の鉄。斬撃の速度はそのままに鉄の質量が加わった。

 純粋な威力では〈火纏〉より遥かに上だ。


「っとぉ」


 受けるのは不味いと見破ったのか。

 彼女は瞬時に防御から受け流しへと構えを変え、流麗な足捌きと合わせて身を躱し、同時に間合いを詰めて来る。

 私は〈金纏〉を解除して剣を引き戻そうとし、それより早く首筋に刃を突きつけられた。


「そこまで。サレン・ロアラの勝利です」

「いえ~い」


 両手を挙げ、空々しく喜んで見せるサレン。

 彼女にとって同級生への勝利というのは、さほど価値あるものではないのだ。

 それからお互い、対戦相手と職員に礼をし、壁際の椅子に腰かける。


「さすがだな。全く歯が立たなかった」

「こちとら『剣王』サマだからね~」


 軽い調子の答えが返って来た。


「でも最後のにはビックリしたよ。開始地点から動くつもり無かったんだけどなぁ」

「……【魔法剣】も中々強いだろう?」

「まあねー。あ、でもあんなの他の人にやっちゃ駄目だよ。大怪我しちゃう」

「心配せずとも使う相手は選ぶ」


 切れ味が無い決闘用の剣であっても、直撃すれば怪我をする。

 まして、〈金纏〉で質量が倍増していたなら尚更危ない。

 サレンならば完全には防げないまでも、無防備に受けたりしないと判断したから使ったのだ。


「それと試合に付き合ってくれたおかげで課題も見えた。感謝する」

「べ、別にそんなつもりだったんじゃないし、ほらっ、それよりお昼ご飯奢ってくれる約束だったでしょ!」


 『剣王』に模擬戦をしてもらったお代が昼食一回分というのは破格だ。

 ……いや、だがサレンは結構な大食らいだったような……。


「……デザートも含まれるのか?」

「とーぜん!」


 自室の貯金箱にはそれなりの額があるとはいえ、手持ちの金銭には限りがある。

 一度寮に戻るべきかもしれない……。


「ほらっ、早く早くっ」

「分かったから引っ張るんじゃない」


 腕を引かれるままに腰を上げたその時だった。


「おやおやぁ? 剣姫殿とその腰巾着ではありませんかぁ。お暇そうで羨ましい限りですなぁ」


 出入口の方より、粘着質な声が投げかけられた。

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