Ep.9


 ドンキフォート暦は現在2023年。遡ること15年、2008年。契約闘技第10670回のマスターリーグトーナメントの観戦をするためにアメロス国立競技場を訪れたことが思い出される。だがすぐに思考の中のイメージをかき消した。今は捨て子の契約手術を成功させたというチャンスを確実に掴まなければならない。


 当時のデイジーはセントラルカジノシティにある三つの大学のうちの一つである「ランクD:セントラルカレッジ医学科」の学生だった。狭い空間だけの人生を送ってきたデイジーにとって、契約闘技の観戦ができることは人生の大きな躍進だった。


 デイジーは今と同じスラム街で育ち早くに親を亡くしていた。両親はどちらとも殺人事件の被害者だった。当時のドンキフォートでは強盗団や殺し屋が多く存在した。その頃は契約者と非契約者との貧富の格差の是正を訴える団体や武装勢力が多く街に潜んでいた。


 デイジーの両親はスラム街のほんの少し外にある銀行に出かけた際、移動用リフトに仕掛けられた爆弾で死んだ。国家権力に刃向かう反乱因子とは名ばかりのテロリストの小さな襲撃だった。死んだ父と母は非契約者だった。


 現在の街は路上以外は建物が隙間なく立ち並んでいるおかげで悪人が隠れる場所はない。貧民街に関してはエリアブロックに一つだけ用意された共同のトイレや風呂は15分までしか使用できない。地下街の徹底された監視。商人の中に紛れ込んだ警察組織の人間が治安を守っていると言われている。もとより犯罪とは縁のないデイジーにとっては全く関わりのない話だと言える。


 元々医師を志す人間の少ないセントラルカジノシティでは人手が足りないこともあり。医師免許を一度取ってしまえば重罪には問われない。貧民街には医者がほとんどいないこともありデイズは町医者としてはなくてはならない存在なのだ。しかし医療報酬に関しては違法な医療行為を行なっていた場合。資格の停止措置が取られることもある。


 両親を亡くしたデイジーは路頭を彷徨う前に国の補助で市役所で里親を紹介してもらい数人と面会をした。そして四回目の面会で出会った里親希望をしていた医師であるコーレン・ドミニク・ハイプという男に捨て子の受け入れの契約を交わした。デイジーはその際に生まれもって与えられた名前の半分をなくしたのだ。


 デイジーは医療の補助の仕事をする契約を交わしてから働くこと10年で学費を貯めた。そして次の2年で大学の医学部の実技試験に合格した。デイジーは貧民街では10年に一人の天才だった。師匠であるハイプが医師免許を手に入れたのが20年前だからデイズの育った貧民街では20年ぶりだった。


 医者の子孫しか実技試験に合格することはできない。それはドンキフォート大陸の常識なのだ。実技試験というのは現実世界で例えるのなら大学受験で実際の外科手術のスキルを試されることに等しい。要するに人の体にメスを入れることができない一般人は本来、医学部の試験を受けて合格することは不可能なのだ。


 『Dランク:街医者 手術を伴う診療を行うことができる。同時にその他の軽微な怪我や傷病の治療も許可される。特定の富裕層の手術や契約仲介は禁止されている』


 金持ちが通うことのできるランクの医大ではなかったとはいえ貧民の生まれのコーレン・ドミニク・デイズは人生の大逆転を勝ち取った。そして研修医として仕事を送る中、金を貯めて契約闘技:コントラクトパンクラチオンの観戦チケットを手に入れたのだった。


 優れた人間だけが見ることのできる至高の格闘技。結論から言ってしまうと最低最悪のクソみたいなスポーツだった。二度とあんなものを見るかと思ってはいたが今は何よりも先に金が必要だ。デイズは公務員の女に怒鳴った。


「わかった金を貸してくれ。この子供を期間内に強くする!」


 叫び声を上げたデイジーの背中を見たエニシィは手元にある役所の書類に目を通していた。その中に契約闘技のガイダンスがあった。案内の第一項目にはエニシィが思い描いていた契約闘技とは程遠い説明書きがなされていた。


 契約闘技に参戦したい契約者様への基礎的なガイダンス。


 契約闘技:コントラクトパンクラチオンは契約者様の力だけではなくスポンサー契約を結んだ大中小とわず様々な企業との連携で行われます。


 前文で説明した通り——


 前文で説明があったのか。そう思ったエニシィは前のページに戻る前に一呼吸置いた。デイズは財布の中から細い鉄の印鑑を取り出した。それをコツンと審査室のテーブルに置いたデイズの様子を見た公務員の女は机の下に手を伸ばして数枚の書類を抜き出した。


「25マンスリー契約者担保貸付契約の申請ですね。こちらの契約に関しては問題は一切ないかと思います。お手続の方を進めていきましょう」


 前文を読むしかない。金を確保したデイジーの背中をみやったエニシィは前のページをめくった。頭の中によぎったのは少しだけ目にした、契約闘技:コントラクトパンクラチオンのルールだった。スポンサーが用意した三本のタワーにある旗を全て手に入れる…あるいは契約した闘士の命を奪う…。タワーディフェンスゲームみたいなものか…。自分が一人ポツンと盤上のコマとして佇む姿をイメージしたエニシィはさらに背中を丸めて書類を読んだ。


 「コンクラクトパンクラチオン:大手スポンサー一覧」


『DR:ドンキフォートレイルウェイ』この世界の移動手段の全てを担う交通会社。北から南、西から東に通じる鉄道も私共が運営しております。


 契約者様に提供されるタワーにはもちろん敵対する闘士のためのリフトは設置されておりません。30メートルのタワーは堅牢な鉄で組み立てられており闘技場の奈落(床下)までしっかりとした特別なコンクリートで固定されております。


 試合の勝敗を分けるフラッグの周りには鉄の檻が設置されています。またエレメントの焼却や電圧。氷結、強風に対する対魔法メッキ加工も高水準のものとなっております。将来が有望な闘士の方は是非スポンサー契約の申請を行なってください。


 闘技のギャランティについて。


 生存は10万ドーラー。勝利は100万ドーラー。トーナメントベスト4以上にはボーナス50万ドーラー。優勝した際はドンキフォート大陸全土の鉄道料金無料と1,000万ドーラーを贈呈いたします。


 どうやらこの会社はこの世界に来て最初に見たブランコみたいな乗り物と交通を運営しているようだ。現実世界でいうところのJRみたいな感じか。鉄道会社がスポンサーの野球チームが昔は多かったとか聞いたことがあるがこの世界には野球はないだろう。メッキ加工のないタワーは旗を焼かれてしまうのだろうか。塔の上にある旗は自分で掴む必要があるのではないのだろうか。一旦ページをめくる前にもう一つのスポンサーとやらの説明を見るとしよう。


『セントラルカジノシティ:ゴールドベガス』全ての人間にギャンブルという名の逆転を授ける。ドンキフォート全土のカジノ運営。セントラルカジノ宝くじ運営。おひとり様専用ダーツ場はセントラルカジノシティだけで5,000店舗を超えています」


 契約者様に提供されるタワーは基本的な対魔法メッキ加工と堅牢な黄金の鉄筋で構築されております。別途課金によりフラッグとタワーの幻影を繰り出すことが可能なビジョン投影機を設置することができます(50万ドーラー)そのほかにも闘士の皆様に優良なアイテムの契約を仲介するマネジメント体制が整っております。


 貪欲に勝利を追い求める闘士を待ち望んでおります。元の生まれや育ちではなく純粋な強者との契約を優先しています。我こそは強者だと思う方は是非スポンサー契約の申請を行なってください。


 闘技のギャランティについて。


 生存は50万ドーラー。勝利は777万ドーラー。トーナメントベスト4以上にはボーナス233万ドーラー。優勝した際には10,000,000ドーラを贈呈いたします。




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