Ep.6

「お前の名前はなんだ。女神の声はするか?会話ができるのであればそれも報告をする必要がある」


「おお神様感謝します。一世一代の大金がもらえるチャンス到来だ。捨て子を拾ったのは初めてだが、まさかローンを組むことなく手に入れた懐中時計が適合するとはね」


 扉の向こうにいるデイズは人が四人は乗れるサイズのトロッコに立ち尽くしている。エニシの名前を聞いたにも関わらず独り言をブツブツと喋っているので血まみれた俺はそれを黙って聞いていた。


「書類はあちらが用意するだろう?ハンコはもった。こいつの出生証明は不要のはずだ。あとはこのガキが簡単な質問に答えられる精神状態かどうかだな。落ち着けよ。カースドランク「SS」の適合者が出た場合の交付金は80万ドーラーだ。この病院と失った医療免許を取り戻してもお釣りが来るぜ。いや待てよ。先に免許の書類を偽造するべきだな。重要なことを思い出したぜえ。パスポート転売屋はどのブロックにいるんだっけな」


 そういえばこの髭モジャは女神の声がするか否かを俺に聞いたよな。どうやら異世界では転売屋が完全に真っ黒な仕事をしているようだ。


「俺の名はエニシィ。女神の声はしっかりと聞こえるよ。健康状態は良好。あなたの名前はデイズ。女神の名はアリス。どうかな」


 マジで契約者は頭の中で声がするんだと言わんばかりの驚いた顔をしたデイズはエニシの胸から飛び出している懐中時計に顔を近づけてジロジロと見た。俺はマジでアリスの声は他人に聞こえないんだと目を細めた。デイズは悪巧みを誰かに話すかの如く早口で捲し立て始めた。


「アリス。その名前は確か百年ほど前に行方不明になったセブンスペード王国の皇女だったよな。マジかよ。どうりで安くで手に入ったわけだ。問題がいくつかあるか?国外の権力者にバレるとまずいな。公衆電話のダイヤルを覚えておかないとな。セブンスペード出身のの落ぶれた浮浪者が近所にいたな。今は武器屋だったはずだ。そうだ思い出したぞ。クソみたいな小さい呪いがかかった指輪の店だ」


「あのデイズさん。服を貸してくれないかな」


 全裸の俺が大きい声を出してもトロッコに肘をかけたデイズには何も聞こえていない。


「ウサギの旦那がこの国にはいるからな。隠密行動をする必要があるわけだ。どうするよ。確かウサギの旦那が責任をとってこの国に左遷されたって話だったよな。ううぅむ、降って湧いたような儲け話にはリスクがあるわけだ。契約したアイテムの出所は名前ではわからないはずだ。アリスって名前も魔法から生まれた何かが嘯いているだけじゃないか?」


「エニシィとか言ったな。女神は確かにアリスなのか?それは正直に言ってくれ。服だと?買ってやるよ。安いもんだ。そうだな財布に50ドーラーある。少ないけどな、20ドーラーやるよ」


 デイズは茶色いコートの内ポケットをゴソゴソと弄って同じく茶色のボロ財布を取り出して紙幣を数え始めた。


 皮が剥げた茶色い財布の中の、擦り切れたボロい札。運気が悪くなる典型だ。カードやレシートの類は見当たらないけど小銭がジャリジャリと貧相な音を響かせている。現実世界と同じで運気が上がらない奴には共通点があるに違いない。


 財布をしまったデイズを見たところまだ先のことになりそうだが本当に小遣いがもらえるようだ。だが服屋までは全裸で移動することになりそうだ。この国はネットショッピングとか配達とかは手数料が高いに違いない。ラジオが売っているならネットはないところまである。いや、ない。


「女神はセブンスペード王国の貴族?だったみたいだね。グリーンのサイダーを飲んだとか、アンタの言っていたウサギ男の話もしていたよ」


 チッと舌打ちをしたデイズは眉間に皺を寄せた。そして「とりあえずトロッコに乗れや」と言って三歩ほど後ろに下がった。エニシィは足を上げてトロッコに足をかけた。


 手術室の扉の先には通路があった。だがその通路は線路になっていている。奥の方を見ると線路が伸びている先に窓から見えた商店街の光が差し込んでいる。駅ビルの中にあるエレベーターしかない通路をグッと狭くした感じだ。嫌いじゃない。でも多分書店とか大手チェーンの雑貨屋とか、充実した暮らしを送る大人しか入らない謎の綺麗なカフェとかは皆無なのだろうなとエニシィは思った。


「俺は電話をかける。ここはセントラルカジノシティ20ブロックの20−3ビルだ。隣の21ブロックのビルには服屋もある。前に進むと21。後ろに進むと22だ。服はセーターとジーンズでいいだろう。いい服なんかこの貧民街のブロックにはないぞ。靴は魔法具アイテムの場合があるから非契約者でも買えるものにしてくれよ。今は時間がない。儀式も契約もまだするな。闘士になるなら仲介業者に「敬意」を払え。女神に聞いたはずだ」


 エニシィは子供のようにコクコクと頷いた。「名誉」だとか「敬意」がこの異世界では重視されているのだろうか。悪い敵キャラは「邪悪」とか「名誉」の反対の「侮辱」なんかがあるのだろうか。設定が細かい漫画の世界みたいだな。言葉の意味をアリスに聞くべきだろうか。確かこういう言葉は形容詞か形動詞だったよな…それは関係ないか。


「エニシィ。この闇医者は私を安く買ったと抜かしておったな。こいつには私への「敬意」が感じられないな。ウサギ男は左遷されたとは話を聞いていたが。まさか私のせいだったとはな。まずは服と靴を買ってデイズの言う通りにしろ。頑張りたまえ。ほれトロッコが動くぞ。こいつのトロッコは見窄らしいな椅子も手すりもドアもないじゃないか。ハズレくじとはこのことだな。そうだお前はクジは好きか?金が欲しいのなら毎日挑戦すればたまに当たるぞ、全ての店で買える分当たる確率が下がるから500ドーラー以上はまず当たらないぞ」


 服が20ドーラーだから結構いい稼ぎじゃん。金が入ったら100ドーラー分買うことにしよう。なんだろう、これは現実の金銭感覚じゃなくてRPGのゴールド感覚だな。安く感じるぞ。


 オッケーアリス。心の中でつぶやいた俺はトロッコの中でしゃがんだ。トロッコにはアクセルペダルとブレーキペダル。そして赤錆びたハンドルが付いていた。


「よおし股間は隠したなエニシィ。ハッハッハ、シャイな奴だな。まずは21ブロックでお前の服を買うぞここは5階の道路だ。下の階層には行けないけどな。トロッコを持つことができるのは金持ちだけなんだぜ。いつも俺が服を買う場所があるから不安に思うことはない」


 アリス曰くこのトロッコは見窄らしいとのことだから。このトロッコは中古の軽自動車くらいのクラスってことだな。高級車もあるわけだ。シートなしの車はマジでヤバイよな。どんなにボロい車でも椅子はついてるぜ。


 このオッサンは近場で服を買っているのか。なんかスーパーに服を買いに行くみたいで不安だ。でも店で埋め尽くされている街なら駅ビルのマンションに住んでいるとも言えるよな。でも貧民街なんだよな。異世界に転生したのに底辺スタートじゃないか。闘技場で勝たなきゃ。ここから成り上がらないとこの世界でもモブのままだ。




 

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