三話


頭に、茶色の耳。


「………んー?」

情報過多。

その一言に尽きる。

依頼人の悪霊てんこ盛りはもう理解した。脳は処理を拒否するが、様々な疑問は無理やり飲み込んでおいた。

人に共感できる人は憑かれやすい。という通説っぽいものがあるから、とりあえずはいいのだ。

だが、みみ、………耳⁉︎

形は丸く、真ん中だけ白い毛が生えている。黒っぽい茶色の、耳。

俺はどうにも、その耳に視線が釘付けになってしまった。

ひょこ、ひょこり。とゆるーい感じで動いていて、眼鏡をきちんとかければ見えないのを考えると、妖の一種なのか……。

黒くて丸い耳、………、

「………え、たぬき?」

「へ?何です?」

「あ、いえ、違くて」

驚いたように聞き返してきた依頼人。

たしか、清水さん。

その横で、あら、視えてるの?とばかりに、推定たぬきは目を見開いた。

無視してくれよ!頼むから‼︎

俺は全てを無視して清水さんに向き直った。

「えっと、清水さんの体調不良は霊障というやつです。多分。」

「………れいしょう。」

清水さんは、何とも言えない顔をした。

何だかわからないのが五割、怪しいと思っているのが五割、と言ったところか。

もしかしたら六対四くらいかもしれないが、元締めは何も話さなかったのかな?

まぁその反応は当たり前だから、別に気にしないが。

だって、俺なら最初から詐欺を疑っているし。

席から立ち上がり、俺は喫茶店のマスターに声をかけた。

「マスター。上の部屋貸してー」

「…………。」

無言だが、OKのハンドサインを出してくれたので大丈夫だろう。

ニコッと俺は笑う。

「とりあえず祓いますから。それで何も変わらなかったら、お代は結構ですよ」


さて、お仕事をして証明しようか。

詐欺では無いことを。

喫茶店の二階は、フロアのように広く空いている。

「こちらにどうぞ〜」と依頼人を中央に立たせて、俺はサイドバックのジッパーを開けた。

数珠に退魔のおふだ。呪言の書かれた紙紐と、なんの変哲もないビニール袋。よし、全部あるな。

「じゃあ、祓いますので。」

そう言ってから俺は数珠を握りしめ、拳におふだ巻きつけて、体の前で構えた。


「あ、動かないでくださいね。」

と注意を後付けして。


* * *


耳元を過ぎ去って行った風に、清水は目を見開いて固まった。

目の前には、真剣な顔で拳を構える高校生。

壁際には、目を見開いて固まるサークルの仲間。

自分でわかるほど、肩は軽くなった。

しかし、それと真逆に背筋は冷え切った。


「じゃあ、祓いますので。」


自分は、そう言われたと思う。

待ち合わせしたのは喫茶店。

その二階がちょうど、フロアのようになっていた。広く空いた部屋の中心に自分は立たされて。今にも儀式か何かが始まる雰囲気では、無かっただろうか。

「動いたら危ないですから、目をつぶっていただいても大丈夫でーす。」


うん。想像とは真逆の方向に行く危なさだね⁉︎

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