ワカレバナシ

@jyuno

第1話 ワカレバナシ 1

 今日は東北最大級の冬祭りの日。3日間にも及ぶこのお祭りは日本全国から多くのお客さんを集めるようで、連日ニュースでもお祭りの様子が放送される。大きな神社を中心に様々な種類の屋台が道路を侵食し、その間を縫うように人たちはその雰囲気を楽しむ。

 僕もその中のひとり......ではなかった。僕は教室からお祭り会場で開催されている打ち上げ花火を見ていた。まだ打ち上げ花火は始まったばかりのようで、小さめの花火が下の方でパチパチと音を上げている。

 お祭りに行けないわけではない。むしろ学校から歩いて5分くらいで着くような近場である。行けないでも行かないでもなく、どうしようもなくなってしまったのだ。

 本当ならこのような事態にはならないはずだった。というのも僕には小学6年生のころから付き合っている白幅咲という彼女がいるから。小学6年から付き合っているだけあり、学年のみんなに知れ渡った、いわば公認カップルになっている。

 お祭り最終日の今日こそは一緒に行こうって誘って、今見ている花火を手をつなぎながら見たいな。なんて思っていたけど、そう考えているうちに咲は帰ってしまったし、夜も深まってきた。だからこうして一人で明かりが最小限に抑えられているこの教室にいるのだ。

 そんなときスタスタと足音を立てながら声が聞こえた。


「おーい、千秋。そろそろ帰れよ。先生お祭りいけなくなるだろー」


「あ、一樹先生。もしかして一人でお祭り行くんですか?」


「おい、千秋。先生を舐めてるだろ。これでも子供一人を妻と一緒に育てながら生活

している37歳だ。あんまり調子が乗るようじゃあ、次のテストお前だけクッソ難しいのにするからな、覚悟しとけよ」


「ヒエーセンセーコワイナー」


 鈴木一樹先生。彼は数学を教えるフレンドリーな方で、僕と仲良くしてくれる。学校の先生の中でも若い方で、親しみやすい人でもある。一樹先生と仲良くなったおかげで数学は大得意になった。先日のそこそこ難しいとされる全国模試でも偏差値75をオーバーしたという自慢がある。他の教科は、まぁそれなりに可もなく不可もなくというか。どちらかというと腕を振るっていないのが現状だ。

 一樹先生がお祭りに行くためにも僕はそろそろ帰ったほうがいいらしい。僕は身支度を整え、教室の戸締まりを確認した。その一連の流れでふとスマホを手にしたとき、着信音と共に一つのメッセージが届いていた。


『あのさ、大切な話があるんだけど』


 それは咲からのメッセージだった。いつも咲は語尾に「!」とか顔文字をつけて送ってくる。それがないときは大抵悪い話の前兆なのだ。しかも咲との連絡の内容はいつもこんなに堅苦しい雰囲気を帯びていない。だから今届いた文に、今いるこの冬の教室の寂しさとどこか似たそれを僕は感じ、不覚にもふるい上がってしまった。


『ちょっとまって』


 文から感じ取った違和感から不器用な僕でも咲の言いたいことは、なんとなく、いや、ほぼ確実にわかった。別に咲のことをなんでも知っているわけでもないし、まともな根拠もない。それでも理由にはならないかもしれないけれど、これでも僕は君に恋してかれこれ10年、小学1年生の頃から咲が好きなのだから。少しくらい咲のことを知っていると自負しているから。今、僕が想像している言葉は「別れよう」の一言だから。だからすぐに咲の発言を止めた。しかも最近の咲の様子は少しおかしかった。これこそ根拠などないけど。

 もし僕の想像が正しいのなら、咲からそんな言葉を聞きたくはない。

 もし僕の見当違いなら後で笑い話にでもすればいい。前にもこんなことをしたことがある。その時はちょっと怒られたくらいだった。

 だから、きっと咲なら許してくれる。

 だから、本当だったとしても見当違いでもどっちでもいいから、今は。

 言われるくらいなら僕が先に。


 僕の想像する悪い未来を言葉にして打ち込むのは意外と楽だった。ただ送信する勇気がすぐには湧かなかった。

 一人で悩むと良くも悪くも深く考えられる。ふと咲との思い出が蘇ってきたが、結局は悪い未来の予想にかき消された。

 このままでは何も変わらないと思い、やっとの思い出で送信できたのは『ちょっとまって』から15分程も経ってからのことだった。


『僕たち、別れよう』


 既読はすぐに付いて『うん』という重い言葉をたっぷりと時間をかけて残した。


「はは、まじかよ......」


 見当違いなどではなかった。止めてはくれないんだね。

 あぁ、5年も付き合ってると予想も当たるようになるんだな。

 いや、当たってしまったんだ。

 当たって欲しくない予想を当ててしまったのだ。

 付き合うのはすごく大変だったのに、こんなにあっさりと。

 打ち上げ花火が盛大に一発、僕と君との青い恋の終わりを告げた。

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