冒険者はダンジョンで石を拾う

安太郎

プロローグ

第1話 シン・レコンド

 その日、ダンジョンに踏み入れた。

 ダンジョンを照らすのは【魔照石】と呼ばれる青白く光る石。

 冒険者の道を照らしてくれる道標。

 そして、眼前に広がる岩に囲まれた景色。


「ッツ……」


 左腕が鈍く痛む。

 理由は上の世界にいる“神”と呼ばれるものが刻んだ【神刻】と呼ぶ左腕にある刻印のせいだ。

 だが、これを刻まれたことでシン・レコンドはダンジョンに入る事を許可され、冒険者生活が始められると言うわけだ。


 しかし、冒険者に支給される最初の装備はナイフ一本だけ。

 モンスターと戦える最低限の武器のみ。

 だが、あそこよりかは遥かにマシだろう。

 冒険者になる前のほとんどの子供は神の下で採掘場で働かせられる。

 棒で殴られたながら無心で働くより、この場では命を張る対価に一時の自由を与えられるこの戦場は俺たちにとって水を得た魚だ。


 まあ、俺の両親はこの海でダンジョンで十年前に殺された訳だが俺はついにここに足を踏み入れた。

 そして、いつか神に認められ、この土の檻から出れば俺たち【シンス】は本当の自由を手にできる。

 神に認められるにはダンジョンである物を手にしなくてはならない。

 そして、そのある物を秘めた生物が目の前にいる。


 「Guruuuu......」


 ダンジョンの暗がりから唸り声を響かせた。

 俺の右手は生存本能のままに自然と腰にあるナイフへと手が伸びていく。


 これまでのシンス達が未来の俺たちの為に紡いできた冒険譚に描かれた知識は頭に入れてある。

 目の前にいるのは【コボルト】と呼ばれる二足歩行の狼。

 他の狼種と比べて身体能力が低く、その代わりに僅かに頭がいいが大した事はない。

 ダンジョン地下第一階層に存在するモンスターは全ての能力が低水準だが、俺もまだダンジョンでの実戦経験はない。

 でも、最低限の戦闘技術は地下シンスの世界ではいくらでも得られる。


 地面を蹴り、一気に距離を詰めた事に驚いたコボルトは鋭い爪のある、右手を振り上げるも俺はその手を掴み、右手に持ったナイフで喉笛を突いた。


「ga.......!」


 熱を帯びた返り血が頬に付くが冷たい世界ではその熱もすぐに空気に溶けていく。

 寄りかかっていたコボルトの死体もズルリと地面に向かう。

 鍛えた上げた力は通用した。

 今を生きる術になっているのだとコボルトが地面に倒れていく姿を見て実感した。


「魔石とらないと……」


 モンスターの心臓部にある赤紫色の石をナイフでほじくり出す。

 それが神への供物。

 これを渡すとお金を貰え、お金で水を買え、食糧も買える。

 採掘作業で得られるのは腐った残飯のような飯だけだったから、そんな生活も冒険者でならしなくていい。

 モンスターの死骸も皮は服に肉は食糧に使え、使用用途は多い。

 それに加え、コボルトはモンスターの中でも肉付きも良くなく、神への供物とはなり得ないから俺達の食糧としては使える。

 肉付きのいい脚部だけは切断し、持ってきたリュックに入れる。

 残った死体はまるで自らの影に喰われるようにダンジョンが吸収していく。


 そして……。


 ガラガラッと音を立てて土の壁から今まさにモンスターが生み出されて行く。

 数は同種のコボルトが四体。

 数ある冒険譚に全てに共通して記されている事が一つある。

 ダンジョンは生きている。

 モンスターはダンジョンの免疫機能の一つでしかなく、人は病原菌として例えれる。

 そして、モンスター達は先ほどの一体目から得た戦闘の情報を得る事により俺に対する対抗手段を少なからず獲得している状態。

 ダンジョンは俺に対する対抗知識を得たコボルト四体で俺を殺せると判断したということ。


 だが、そうさせない方法もある。

 全ての生物は頭にある脳の部分で情報処理をし、知識の蓄積を行なっていると考えられ、このダンジョンの連鎖はモンスターの脳を破壊すれば終わる。


「……四体。なんとかなるか」


 シンス達は全員固有の魔法を有しているが俺の魔法はこの場では何の役にもたたない。

 今はナイフ一本、この体一つで生き残るしか方法はないだろう。

 

「うおおおおおお!!」


 胸の奥が頭がチリッと火花が散ったみたいに痛んだ。

 神経、固まっていた筋肉が思考が戦場に馴染んでいく。


 胸元にあった、父さんと母さんの遺品。

 二人が作った小さな魔石が埋め込まれた首飾りが視界の隅で赤く鈍く輝き、それが戦闘の合図だったかのように俺はコボルトの一団の中に身を投じた。


 少しでもさっきの俺とは攻撃パターンは変えなくてはいけない。

 数では負けている、単純な行動をしていたら物量差で押し切られる。

 一対一に持ち込むように動くのがベスト。

 

 「四体、一対一、間合い。背後」


 頭の中で組み上がって行く作戦。

 コボルト四体の間合いが同時に入るポイントに身を置くと狙い通りに四体は同時に攻撃を始める。

 

 ここだ!


 ギリギリ、コボルト達の間合いから外れ、横に飛ぶとそこには想像していたモンスター達が一列に並んでいる景色があった。

 

 「一対一確保」


 大ぶりの一撃だったせいで奴らの上体は前のめりになっている。

 ここから頭部の破壊で仕留めなくてはいけない。

 今持つナイフではすぐに鈍になる。


 現地採取、一体目は仕方ない。


 一体目のコボルトは頭蓋を脳ごと貫く。

 そして、倒れゆくコボルトの鋭い爪がついた指先を掴み、手の甲を足で踏み抜き指ごと爪をもぎ取る。

 この爪はかなり鋭利で丈夫だ。

 頭蓋を貫くには十分な硬度を有している。


 ガギッ!!


 二体目が振り向いた瞬間に額目掛けて爪を突き立てた。

 しかし、爪一つで倒せるのは一体まで。

 一度刺したら形が悪くなかなか抜けない。


 「なら、三体目は……」


 三体目の頭を掴んだ。

 その背後から四体目が爪を突き立ててきているのが見え、そこに合わせて掴んだ頭を移動させた。


 「味方でもやってろよ」


 そして、中々抜けない爪を引き抜こうとしている四体目の頭部を膝で蹴り、頭部を左手で掴み地面に叩きつけた。

 頭蓋と血とその中の目玉と脳が地面に飛び散る。


 「四体。討伐完了」


 殺しを強要された自由を手にして心が踊る。

 ああ、ここから俺の冒険が始まる。

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