第5話 聖剣の名をもつ少年②

 シャーロットとメグは本屋を出たあと、また大通りへ戻り今度は大人気の洋菓子店である『ボンボン・ラパン』へ向かう。店に入りメグが注文を告げると、「あとでお城に届けます」と言われた。


 二人でぶらぶらと、露天商を眺めたりしながら歩く。メグは辻馬車を探しているようだった。王城までシャーロットを歩かせるわけにはいかない。そんなことを考えているメグをよそに、彼女の主人は楽しそうに話しかけてくる。


「ってか、絶対メグが食べたかっただけでしょ。どんなワガママお姫様設定なのよ、私」

「シャルは普通にワガママお姫様ですよ。私が保証します。自信持ってください」


 メグが胸を張って、フンッと鼻を鳴らす。


「まぁワガママ設定の方が自由利くから、いいけど」


 あまり納得できない顔でシャーロットはむくれる。でも二人きりならとして接してくれるメグのことが大好きだ。ゼロイセンについてきてくれる、と聞いた時は涙が出そうだった。最終的に何人の従者が許されるかはゼロイセンの意向が絶対とはいえ、メグだけでも一緒に来て欲しい。


 そう思ってシャーロットがメグの手をつないだ時、通りのあちこちから突然悲鳴が上がった。



 ドドドドドドドドド。


 酷い蹄の音をがなり立て、いくつかの露天商をひっかけて店を壊しながら、二頭の馬に乗った衛兵を先頭にして貴族の馬車が大通りを随分と乱暴なスピードで走ってくる。メグはシャーロットを身を挺して守ると、道の横へ避難した。


 しかし、人や壊れた店などで障害物が多くなって、結局馬が嫌がって馬車が止まってしまい、先頭にいた衛兵の一人が馬上から声を荒げる。


「邪魔だ! どけ!」


 衛兵の罵倒に人々が道から障害物をなんとかどかそうと試みたが、前足を立ち上げて興奮した馬に対して、一人の老婆が腰を抜かして、どうにもその場から動けなくなってしまったようだ。


 もう片方の衛兵が仕方なく馬から降りると、老婆を引きずって道のわきに向かって乱暴に放り投げる。老婆は力なく道を転がり、露店の店先に背中をぶつけた。


「さすがに、それはないんじゃないですか!」


 眼鏡をした青年が衛兵と老婆の間に割って入ると、群衆はどよめきの声を上げた。


「おい、あんちゃん止めておけって。貴族様の馬車だ……」


 見かねた男性の一人が止めに入ろうとしたのも束の間、衛兵はなんら警告もせずにいきなり青年の顔に拳を浴びせた。数発の強打により彼は地面に転がり、鼻と口からは血を溢れさせ、眼鏡が割れる。



「あら。貴方、さっきの方じゃない。ロベールさんでしたっけ」



 周りの緊迫感に対して場違いなのんびりとした愛らしい声が響くと、一斉にみなが彼女の方を見た。メグは後ろにいたはずのシャーロットが、何故か目の前の騒動のド真ん中にいる事実に気絶しそうになる。


 シャーロットは美しい絹のハンカチで、ロベールの顔の血を拭ってあげると、衛兵に向き直った。


「その紋章は、リンタール侯爵家のものね。乱暴な運転で急いできたのに、逆に足止めされて遅くなってしまうなんて皮肉ね。そのように紋章を掲げての愚行は、貴方の主人だけでなく、お家全体の格が下がりましてよ」


「……ッ! 庶民ふぜいが何を偉そうに」


 庶民と言われて、シャーロットは首を傾げたが、そういえばメグの服を着ているのだった。そのキョトンとした表情がさらに勘に触ったのか衛兵は、今度はシャーロットを殴りつけようと、再び拳を振りあげた。



「どぉりゃあああああああ!!! グラム・キィィィィイック!!!」



 刹那、建物の上から飛び降りてきたグラムが衛兵を蹴り飛ばした。


 ダンッとその場に着地したグラムとは反対に、強烈な蹴りで吹っ飛ばされた衛兵の方は露店の一つに突っ込んで大量の商品に埋もれている。


 そして、金色に光っていたグラムの瞳は、衛兵が反撃できないレベルでダメージを受けていることを確認すると、ようやく元の黒い瞳に戻った。


「間一髪グラム参上!! ……って、おかしいでしょ!! なんで、シャルこんな所にいるの!! しかもなんでこんな危険な状態なの!!」


 もう一人の衛兵が馬から降りると、グラムの前に立ちはだかったが、彼の近衛隊の制服を見て、みるみると顔から血の気が引いていく。



「ちょっと、マジでなんの騒ぎよ。急いでいるんだけど」


 ここまでの大騒ぎになってようやく馬車の中の貴人が、カーテンを開けて顔を出した。


「あら。ヨハンでしたの。これはごきげんよう。リンタール侯爵はお元気でして?」


 シャーロットが馬車を見上げてそう言うと、リンタール侯爵家の次男坊は家来の衛兵同様にみるみると顔から血の気を失わせて、頬を痙攣させた。

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