後編

 ――イセルベルク邸内


「では先生?」


「分かっているよ。但し……」


「先ずはルビーの身柄ですよね?」


「当然だ。国王様も彼女の美しさに心奪われた1人。バカ息子の嫁に……という体裁だがね。しかし君、姉を呼び捨てとは酷いね」


「先生こそ。国王様にアイツを売るなんて、ねぇ?」


「素直に俺の物になっときゃあ良かったのになぁ。ま、今は女よりカネと地位だ。」


「ところで先生。アイツの逃げた先がお分かりで?」


「そりゃあね。雨は降ったが、ぬかるんだ地面に馬の蹄の跡がバッチリ残ってる。逃げた先は例の件で封鎖された鉱山だ」


「いっそ生き埋めにでもならないかしら?」


「一応死霊操作魔術ネクロマンシーは使えるが、だけど国王様に死体愛好家の趣味はないぞ。滅多な事は言うな」


「ウフフ。ゴメンナサイ」


 カレが遠くから屋敷での会話を私に伝えてくれたけど、その内容は余りにもショッキングな内容でした。妹だけならばまだしも先生まで……確かにそれとなく好意を伝えられたことはありましたけど、でも私はハッキリと拒否して……もしやソレが裏切った原因なのでしょうか。それとも……耳を塞ぎたくなるような悪意に満ちた言葉から察するに元から嫌われていたのでしょうか。でも……


『やはり伝えるべきではなかった。済まない、思慮不足だった』


「いいえ」


 でも今は何方でも良い。いえ、もうどうでも良い。私は私の生きるべき道を見つけたのですから。


 ※※※


 ――イセルベルク邸


「な、何ヨアレ!!」


「し、知るかッ!!おい、お前等、アレ何とかしろ!!」


「いや、そう言ったって先生よォ。俺たちゃア小娘とっ捕まえる為に来たんであって、あんな妙なバケモンなんか想定してないですぜ?」


「それにどうやって戦えばいいんすか!?」


「引き摺り下ろせばいいだろ!!」


 たった半日前に飛び出した我が家は酷く懐かしく、同時にまるで他人様の家を見ている気分になりました。あぁ、もう私は変わってしまったのですね。聞こえますか?、カレの中から私は妹達に呼びかけました。


「その声!?」


「まさか、ルビー君か?いや、心配したよ」


「嘘ですよね、先生?話は全部聞いていました。残念です、先生まで妹側だったなんて」


「バ、馬鹿なッ!!どうやって!?いやそれよりも……」


「ボス、ありゃあ一体何なんです!?」


「知るか。調査の為にあの鉱山買い取ったってのにクソがッ、まさか先を越されていたなんて!!」


「ちょっとソレって不味いでしょ。見つけたら国王様に献上するって!!」


 どうやらカレは妹達が必要としていたみたいです。でも、どうせ禄でもない事に使われるに決まっている。国王様、国内外からの評価が余り良くないという話は以前から耳に挟んでいましたけど、もしかしたらコレを使って戦争を仕掛けるつもりだったのでしょうか。


『案ずるな。例え君達が先に見つけたとて、私は力を貸さなかった。私は……彼女だから力を貸したのだ』


 カレの言葉は私を酷く高揚させました。身体の芯から生まれた熱が血と共に身体を巡る感覚がはっきりと分かります。コレが熱き血潮、私が焦がれたモノ。


「さぁ、カイザー行きましょう!!」


『応!!』


 私の意志を汲み取ったカレから凄まじい力が流れ出し上空へと昇ると球形になると激しい輝きを放ちます。ソレは光を司るセイレイとは比肩しようもなく、魔術で作り出した火球よりも激しく、さながら世界を明るく照らす恒星でした。


「く、クソが!!こんなところでェ!!」


「ちょっと、アナタ達も金の分くらいは働きなさいよ!!」


「ち、畜生が!!」


 妹も、先生も、金で雇われた連中も、誰もが一斉にカレを攻撃し始めました。魔術によって生み出された雷が轟き、弓矢や投げ槍、果ては剣からその辺の石ころまでが飛んできましたが、けどカレの防壁を貫くには全く足らず、全ての攻撃は逸れるか弾かれ無駄に終わりました。やがて誰もが攻撃の手を止め、後ずさり始めました。逃げるつもりのようです。


「逃がしません。」


「ヒッ!?」


「ちょ、ちょっと待て。いや待って下さい。おちおち、落ち着こう。ネ?」


 命乞いですか。でも、もし私がカレと出会わないまま同じセリフを言ったとして、アナタ達は聞く耳を持ってくれるでしょうか。否ッ!!


「カイザー!!」


 怒りではありません。私は酷く冷静でした。ただ、身体から無尽蔵に生まれる熱に突き動かされているのです。それはどうしようもなく私に呼びかけるのです。もっとッ、もっとッ、感情を、熱き血潮を滾らせろとッ!!


『あの、ちょい待ち。コレ、あの切り札的なヤツでして、このままぶつけると下手すれば大陸が跡形もなく……』


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」


「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァー!!」


 いやいやと、大の大人の情けない雑音など今の私の耳には入りません。


「私は決めました。私はッ、私の意志と決断に覚悟を持って前に進むと決めたンですッ!!」


「あぁぁぁああああああああああ!!そうやって話聞かないし勝手に盛り上がるし、だから嫌いなんだよォ!!」


「そうよッ。おまけにネーミングセンスが壊滅的だし!!大体なんで拾った犬に"シュヴァルツェカッツェ"なんて名前つけてんのよ猫じゃん!?」


『あぁ、納得……している場合では無いな』


「さぁ悪党共、我が裁きをその身に受けよ!!必殺ゥ、カイザァッ、フェアツヴァイフルングッ、シュヴァルツゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 後悔はしません。私の意志を汲みその形状を巨大な剣へと変えた巨大な力をそのまま振り下ろしました。


『ダサ……いや何でもない』


「「「「ギィィイイイィイイイイヤァー!!」」」」


 周辺は轟音と衝撃波に包まれ、舞い上がった土煙が視界の全てを遮りました。ですがそれも雨と風が直ぐに洗い流してくれます。土煙が消え去った後には何も残っていませんでした。今まで私を育み守ってくれた家も、シュヴァルツェカッツェの小屋も、お気に入りの花壇も全てが攻撃の余波に飲み込まれ消失しました。


 ※※※ 


 ――イセルベルク邸 跡地


「漸く踏ん切りがつきました。お父様、お母様。私はイセルベルクを捨てます。私は、私の名前は今よりルビー=ブリッツシュラークです。」


「す、好きにしなさいよバカ……」


「この悪魔……」


『おかしいな、君そんな性格だっけ?あ、乗り物に乗ると性格が変わるアレか……』


 こうして過去と決別した私は旅立ちました。あの攻撃を受けながらもしぶとく生きていた妹と先生への興味と関心はもはやありません。ソレに心配いりません。私にはカレがいるのだから。そう考えれば前に進む勇気が溢れ、心の中が熱く滾る何かで満たされます。


「さぁ、次は私。アナタの記憶の為に私が頑張る番です」


『あぁ。頼りにしている……が、無茶はしないでくれ……ホントタノムカラ』


 ※※※


 ――現在 


 アイン大陸首都ディヴァリュエ郊外。


『起きたか?』


 夢を見ていました。ここ最近は操縦席で休むことが多くて余り休めないからでしょうか、夢の内容を覚えている事も珍しくありません。


「大丈夫」


『そうか。さて、アチコチのダンジョンの壁画や記録、遺物を調査してきた訳だが、私の記憶に関する肝心な情報はやはりなかった』


「はい。ですが残念と諦めるつもりはありませんわ。とは言え闇雲に探しても時間を浪費するだけ。という訳でディヴァリュエです」


『ココには何があるのだ?』


「過去のあらゆる国の文献。その複製が中央図書館に所蔵されています」


 そう。私達はあれから記憶に関する手がかりを求め世界を巡り続けたものの、真面な成果は何一つ上げられませんでした。ある都市の賢者様曰く、"過去の遺物がこれほどまでに完璧な形で残っているのは奇跡に近いが、それ故に調査は難航する"と嘆かれた位です。


 その方によれば、カレの身体に使われている技術は想像出来ない位に大昔であり、世界から失われた可能性が極めて高いともおっしゃっていました。


 世界各地の主だったダンジョンを粗方攻略しきったのに手掛かりゼロ、落胆する私に賢者様が現状で最も可能性が高いと教えて下さったのが中央図書館。


 しかし世界最大の都市の警備はとても優秀で、誰にも気取られずに侵入するのはカレでも骨が折れるそうです。でも諦める訳にはいきません。


『力押しでの突破は推奨できない』


「しませんよ」


『そう言って一つ前のダンジョンで大技を使ったのを忘れたか?』


「反省しています。」


『崩落した最下層部分の瓦礫除去には数か月かかるそうだ。勿論、その間に沸いたモンスターの討伐もしなければならない』


「でも、アイツはアナタを馬鹿にした。鉄塊に魂を封じられた哀れな操り人形だって……ごめんなさい、我慢できなかった」


 そうだ。ダンジョンの最奥をねぐらにしていたあの魔物……空を泳ぐ奇妙な魚みたいな魔物は流暢な人語でカレを嘲笑った。私を助けてくれた恩人を、私の大切な……


『私を気に掛けている事には感謝したい。が、崩落に巻き込まれたら君が命を落とす可能性もある。君は自分の身も大切にするべきだ』


「ン。あああ、ありがとうございましゅ」


 掛けられた感謝の言葉に戦いの最中に感じる高揚とは別の部分から熱が込み上げる。


『ウム。では作戦だが……』


 私は、私達は前に進みます。私はカレの為、カレは私の為。だけど、もしこのまま何の手掛かりも見つからなければ、私の命が尽きる。どれだけ世界を巡っても、文献を漁っても延命措置に関する技術知識は見つかりませんでした。


 だから、多分私が先に死にます。ソレは怖くありません。寧ろ今の私はこれ以上ない程に幸せなのだから、コレがその対価と考えれば納得できます。


 でも、納得できるだけ。心の何処かではもっとカレと一緒に冒険したい、もっと同じ時間、同じ空間、同じ感情を共有したいという欲望も存在します。


『大丈夫か?』


「は、はい。問題ありません」


 大丈夫。今は問題ありません。私は、前を向いて歩ける。だって、カレが一緒にいるんですもの。

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