【鬱ゲー】バッドエンド√を避けるため、壊れかけの彼女と距離を置いた
春町
第一章 焦がれた翼はかくも脆く
第1話 我思う、故に気づく
「……あー、切れちゃったかあ」
むせかえる部屋にも慣れたころ。
先輩が汗ばんだ腕を布団の外に伸ばして、なにかの空き箱を握り潰す。
煙草かコンドームか、それとも両方か。どちらも数え切れないほどやったせいで、残りの数なんか覚えてない。
「悪いなあ、私たち。不良だよ」
「酒、煙草、淫行。スリーアウトですね」
「どれも全部、翔也君のせいだから」
「先輩もノリノリだったじゃないですか。同罪ですよ」
高校一年の冬。俺は憧れだった三峰秋先輩と高校生としては到底褒められたことではない、爛れた関係を結んだのだ。
酒、たばこ、そして男女のあれこれ。何もない田舎町では最高の娯楽を遊びつくした。勿論、バレたら停学だ。
「翔也君ってさ。詐欺師の素質あるよ」
先輩が言うように俺は詐欺師の素質があるのかもしれない。俺は両親を失って傷心中だった三峰先輩の心の隙につけ込んだ。
甘い言葉で励まし、慰めて、ずぶずぶと関係性を深めていき、……今に至る。
学校のマドンナ的存在である三峰秋を手に入れるにはこれしか方法はなかった。
俺は勉強も得意じゃないし、運動はもっと苦手だ。顔も良いわけじゃない。それに金も持ってない。
試験当日に学校をサボり、安い煙草と酒を買って金欠に陥るようなアホな学生だ。
「あー、私の初体験が田舎の高校生とはねー」
「先輩も今は田舎の高校生ですよ。何十年後かにはテレビ業界で引っ張りだこの大女優になってるかもですけど」
「そん時は自慢していいよ。あの三峰秋の初体験の男だってね」
汗だくになった体を起こす。相変わらず、三峰先輩の体は芸術品のように美しかった。
それをこの手で汚したんだと意識すると、さらに興奮した。
(我ながら歪んだ性癖の持ち主だ)
いや、誰しもが思うことなのかもしれない。こんな美女と一夜でも過ごせたら男としてこれ以上のことはあるまいさ。
「……なに見てんの。まだ足りないわけ?」
「綺麗だなーって」
「うわ。最低。もうすこしマシなアフタートークも出来ないわけ?」
三峰先輩は素足のまま畳を踏み鳴らして出ていった。
残ったのは三峰先輩が愛用している香水の匂いだけ。「どこ行くんですか?」と障子の向こう側にいるはずの先輩に訊ねると、「シャワー」と短く答えが返ってきた。
寒い。ファンヒーターをつけても室内の気温は十度を下回り、外の気温は-だ。
裸のままで、人の温もりを失った俺の体は急速に冷えていった。
しかし寒いとは言え、色々やった後でまともに着替える気にはならない。
俺は上着だけ羽織ると、携帯で学校に電話を掛けた。
試験が終わった後に入れた休みの知らせ。当然ながら先生にこっぴどく叱られる羽目になった。
◇◇◇
翌朝。俺は始発の電車に乗って海を見に行った。
田んぼと山だけの町には飽きた。人生に行き詰った時は海を見に行けの言葉に従って、俺はどこまでも続く水平線を眺めた。
そして、その日は学校に遅刻した。
「馬鹿じゃねーの?」
昼休憩。紙パックジュースと菓子パンを持ってやってきた友人の松野が真顔でそう言った。
「男子の憧れ三峰先輩と付き合ってからというものの素行不良になり腐りやがって。あーあー羨ましい!そのまま真冬の海に飛び込んで死んどけよ!」
友人とは到底思えない暴言だが、卑怯な手を使って三峰先輩を手に入れた俺に対してのものならむしろ温情だろう。
だが、一つだけ看過できない訂正箇所があった。
「まだ付き合ってねえよ」
「はあ?ヤッたんじゃないのかよ?」
「シたけど付き合ってない」
三峰先輩とは正式に付き合っていない。
その場のノリで―人に憚るようなあんな淫らなことをしただけだ。
今は先輩後輩の関係でしか俺と三峰先輩を繋ぎとめるものはない。
俺も先輩ももう一線を越えてしまったが、「恋人」という領域に一歩足を踏み入れることをどこか躊躇っていた。
(まあ先輩が躊躇う理由は十分に納得がいく)
両親を亡くして喪に服しているのに、そんな男女の色恋なんかに浮かれてていいのかという罪悪感があるのだろう。
(だけど俺が躊躇う理由はなんだろうか……)
今日の朝、早起きが苦手な俺が電車を乗り継いで海に行ったこともそうだけど、どこか胸中にもやもやとした感情が渦巻いていた。
これが胸騒ぎというやつなのかも。
「なんでそこだけ律儀なんだよ!ベッドの上で淫らに感じる先輩に―俺の女になれよって、それでいいだろ!」
「そんなん言える余裕あるわけないだろ」
「…それもそうか。あんな美女を抱いてる最中にその後のことなんて考えられるわけねーよな」
先輩は現実のことなんか忘れたくて行為に至ったのだ。
今とか将来とか頭ん中を悩ますことなど考えたくもなかっただろう。
三峰先輩がどんな感情で俺のような冴えない男に抱かれていたのかはわからないが、あそこまで追い込まれた先輩のことだ。きっとどうしようもない現実を忘れさせてくれるのなら誰が相手でもよかったはずだ。
そう、相手が俺なんかでも。
「なあ、告白云々はおいといて先輩の裸は写真に収めてんだろ」
「撮ったけど、お前には見せないぞ」
どうせこの関係もすぐに終わると思って、せめて先輩のあられもない姿はいつでも見られるようにしておこうという浅ましい欲望に従って写真だけは撮らせてもらった。
既に現像済み。俺が借りているアパートの床下に秘蔵してある。
「んじゃメアドの交換も?」
「それもした」
「メールはきちんと送ってんだろーな?マメじゃない男は嫌われるぞ」
「俺からはしていない。先輩から『今から会える?』とか『愚痴ってもいい?』とかメールが着て、それに返信するだけだな」
「……人の弱みにつけこむクズだ」
「それ、先輩にも言われた」
友人から見ても俺はクズらしい。
(俺も自分が最低なクズなのは自覚はしている)
校内で流れる俺の悪い風評にはあることないことを含めて一切反論しなかったし、不特定多数からの嫌がらせも甘んじて受け入れてきた。
それで償った気にはなっていないが、俺なりの誠意のつもりだった。
(せめて最後に残ってくれた友人の諫言だけは聞いておかなくちゃな)
そう思った俺は携帯を開いて、受信ボックスを確認する。
「先輩からメールだ」
内容は「屋上に来ること」。たったそれだけ。
いつもと同じ。なんの変哲もない―慰めてアピールのメール。
だけど、胸のざわめきは収まらない。
この流れにデジャヴを感じていた。
(俺はこの展開を知っている)
「……」
「―し、もしもーし!」
「……」
「おーい!聞こえてんのか?」
松野が耳元で叫ぶ。ぼーっとしていた俺はその声で現実に戻った。
「……っ悪い。なんて?」
「先輩はなんて言ってんだよ」
「屋上に来いってさ」
「……なんだそれ。果たし状か?」
友人の冗談はさておき時計を見て時間を確認する。昼休憩も残り十分しかない。
俺は足早に教室を出た。
◇◇◇
人生の意味。誰もが一度は考えて、そして考えるだけ無駄だと言って捨て去る題材。
俺は今日この瞬間、人生の意味を見つけた。
「遅い」
雪が降る校舎の屋上。
外の景色は山や田んぼに埋め尽くせれて緑一色。そんな景色も今は雪色に染まっていた。
屋上に設置された転落防止の柵に背中を預ける彼女は長時間ここで待っていたのか、顔や手が赤く悴んでいた。―今のも壊れそうな儚い貌で、目尻を腫れさせて、「遅い」と涙声で訴える。
その一コマ。この瞬間を。俺は無意識に一枚絵に切り取った。
「……」
(ああ、そうか。既視感があるわけだ)
俺はこの展開をなんども見ている。
ここは平成初期に一世を風靡した鬱ゲーの世界。
俺、鷺谷翔也はそんな世界の住人で…もっとも最悪の末路を辿るキャラクターとして知られている。
―我思う。故に我在り。
デカルトの命題だが、俺は自我を意識することでこのデジャヴの解明に至った。
「……寒いから、手短に言うね」
先輩は白い息を吐く。
その先の台詞は憶えている。憶えていなくとも、よほど感の鈍い奴以外は誰だって察せるだろう。
「鷺谷翔也君。私と付き合ってくれる?」
三峰秋√。ここで俺が告白にOKすれば、世界はこれから取返しもつかない悪夢へと突き進む。
(三峰秋と付き合い、順風満帆な高校生活を歩むも、―、歩むも、―、、)
……そこからはなにも思い出せない。
「俺」という人格が―鷺谷翔也の人生に置換されつつあった。
もう「俺」に残った記憶は残滓のようなもので、例えば「俺」が元はどんな名前のどういう人物かすらわからないし、何故、架空であるゲームの世界を現実として生きているのかもわからない。
もっと言うなら、「俺」はいつ鷺谷翔也になったのかすらわからない現状だ。
鷺谷翔也以外の記憶で「俺」が思い出せているのは以下の事柄だけだ。
俺がこのゲームのプレイヤーだったこと。
この告白を受けることによって鷺谷翔也はバッドエンドへと進んでいくこと。
—それによって三峰秋が死ぬこと。
「……翔也君?」
黙り込んだままの俺を不安げな顔をした三峰先輩が覗いた。
今にも雪に解けて消えてしまいそうな弱弱しい存在。先輩は俺無しでは生きていけないほど依存している。
そこまで彼女を追い詰めたのは他ならぬ俺だ。
「っ」
鷺谷翔也は三峰秋が好きだ。
そして「俺」もそれと同等の想いを彼女に抱いている。
だから俺は決意する。
「先輩」
「ん」
ここから進んでいくはずのバッドエンドを回避して、三峰秋を救うと。
そう決意した俺は冷たい空気を肺一杯に取り込んで、告白の返事をする。
「二度と俺に近づかないでください。あ、この前ヤった時の写真持ってるんで、俺に接触しようとしたら先輩の裸を校内にばら撒きます。あと先輩って大学の推薦狙ってるんですよね。未成年喫煙とか、未成年飲酒とか先生にバラしますよ?」
はっきり言おう。最低だ、俺は。
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