約束




『――――分かった。桃花、テルを頼んだよ』


『でも、無理はしないで。危ないと思ったら全力で逃げるんだよ』


そう言って。道化師は桃花にテルの居場所を教えてくれた。

その今にも泣きそうな顔に、彼にとっては苦渋の選択なのだと知れた。

だから言った。


『分かった。その時は何が何でも逃げるよ。――――ありがとう、ピエロさん』


















そうして桃花は一人街の中へと駆け出した。

道化師から離れた瞬間、頭の中に次々と“情報”が流れ込んで来る。

誰が自分を嫌っているか。一人一人懇切丁寧にフルネームと顔の情報を見せつけてくる。


「――――はっ」


走りながら桃花は失笑した。提示された情報のほとんどが桃花が始めからこの人は自分の事が嫌いなんだろうなと察していた面々だったからだ。

自分の事を嫌っている相手を好きになれる道理なんてない。だからその情報はそのまま桃花が嫌っている相手のリストでもあった。

つまり、この面々の元には桃花の情報が視えているのだろう。

だから目の前にそのリストの人物が現れた時、桃花は迷わず全力疾走した。


「白石イィィィィィッッッッ!!!!」


職場の上司は血走った目で桃花を追いかける。その手にはボールペンが。

何の変哲もない文房具でも、ペン先で勢いよく首筋を突かれたら危険である。

なぜ彼女はこんなにも必死で桃花を襲おうとするのか。――――それは彼女にしか分からない。

桃花は走りながら思う。わたしたちが知っているのは、わたしたちがお互いを嫌い合っているという事だけ。

お互いの好きなものも、何を楽しいと感じるのかも、何を見て笑うのかも、何も知らない。

何を大事に想うのかさえ。


(わたしはあなたの事、何にも知らないや)


だって、知りたくもない。

だから知ろうとしなかった。


(だからその事を分かっていようと思う)


少なくとも、わたしは。






――――危ないと思ったら全力で逃げるんだよ。






さあ、心優しい道化師との約束を守ろう。


(ピエロさん、あなたは戦えとは言わなかったから)


だからわたしは彼女から逃げるよ。

元運動部であった桃花は走り続ける事には自信がある。

絶えず背後から迫り来る激しい殺気は恐ろしいけれど。


(わたしはテルに会いに行くんだ。誰にも邪魔はさせない)


このままテルと会えない事の方がずっと恐ろしいから、大丈夫。

わたしはどこまでも走って行ける。

桃花は前を見て、地を蹴る足に力を込めた。

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