同居人は世界の敵




「うむ!このココアという飲み物、気に入ったぞ」


テルは桃花が改めて彼の為に淹れたココアをぐびぐびと夢中になって飲んでいる。

その様子を眺めながら桃花は思わずふっと笑ってしまった。


「わたしは作業の休憩時間にその甘い飲み物を飲む事が幸せだね」


何の気なしにそんな事を言う。

するとテルはぴく、と何かに反応した野生動物のような動きで彼女を見た。

桃花は彼のそんな様子に首を傾げる。


「?」


「・・・そうか」


テルは目を細めてベージュ色のマグカップを大事そうに両手で包んだ。

桃花は不思議そうな顔をしていたが、ふと壁に掛けた時計を見て立ち上がる。


「さて、そろそろ休憩時間終わりっと。わたしは作業に戻るから、それ飲み終えたら水に浸けておいて」


「承知した」


桃花は作業部屋へ移動する。スリープモードにしていたノートパソコンを起動して、頭の中を物語の世界に切り替える。さあ、これから主人公は苦難の道を行く。それでも彼は負けないのだ、仲間と共に立ちふさがる壁を突破していくのだ――――。


(よし・・・)


彼女はスイッチが入ったように、作業に没頭した。

















「・・・・ふーっ、今日はここまでかな」


意識に深く潜っていた集中が切れ、ふと顔を上げれば窓の外は真っ暗である。


(我ながらなかなかいいバトルシーンを描けたのではないでしょうかっ!)


桃花は満足げな顔をして、大きく息を吐いた。両腕を強く上に伸ばして凝り固まった筋肉をほぐす。

ノートパソコンの電源を切り、閉じながら考えるのはテルのこと。

初めて邂逅した時は桃花は初手で「あんた、誰」と問うた。それだけ彼は――――“彼ら”の発する気配ははっきりと異質だった。一目見て人ではないとただの人である桃花に分かった程に。

それを聞いたあいつは笑った。否。嗤った。

その嘲笑は、あいつがどれだけ人が嫌いであるかを示していた。桃花はあの歪んだ笑顔を今でも鮮やかに思い出せる。


(・・・テルたちは、どうしてわたしに声をかけたんだろう)


その疑問はずっと頭にあったが、なぜだか聞けずにいた。聞きたくない、という気持ちが心の奥底にある事を、桃花は自覚していた。


(別に、そんな事知らなくていい。知らないままでいい)


何かをごまかすように桃花は首をぶんぶん振って、思考を打ち切った。

作業部屋を出て居間へ行くと、テルはソファにもたれてすやすや眠っている。

そのあどけない寝顔を見て、桃花はちょっと笑ってしまう。だって可笑しいや、彼らは世界の敵なのに。こんなに無防備に。


「もう・・・」


桃花は押入れから黄色い花柄の毛布を取り出して、彼にかけた。

テルは起きる気配はない。


「・・・じゃあ、夕ご飯を作りますかね」


腕まくりして台所へ向かう。今日はカレーの気分だ、温玉も乗せよう。

テルは気に入るだろうか。そんな事を考えた自分に笑ってしまう。

あいつは世界の敵だけど。


(たぶん、わたしはあいつをそんなに嫌いじゃないんだ)


だから勝手に家に憑いて来たあいつに拒否感をそんなに感じなかったんだ。

その事を思って苦笑いになる。まあいいか、“どんなに常識から外れた存在だとしても、それが自分や誰かを傷付けないなら自分は受け入れられるのだ”。

さあ、とっておきのカレーライスを作ろう。

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