第0話 後 ~『Another Earth』の終わりに~

「『AE』終了は3ヶ月前から分かっていたことですから、今更どうこう言っても仕方ないですよ。

 折角育てたキャラが『AE2』で使えないのは確かに残念ですけれど、完全にお別れになるって訳じゃありませんから」

「そうね~。でも、いくらデータ残せるからって、マイフィールドを『わくわくモンスターランド』にしちゃう?」

「そんなにおかしい考えじゃないと思うんですけどね…… セルギスさんやクーガーとかもマイフィールドに自分の王国を残すって言ってましたよ?」

「でも、マイフィールドの拡大可能域全部使いきってモンスターランド作ってるのなんて、やっぱりやっくん位じゃない? ……ちなみに、どれくらい課金したの?」

「あ~、はい、バイト代のかなりの部分は吹き飛んだのは確かです……」


 モニター越しにホーリィ……ゼミの先輩と言葉を交わしながら、その実僕は大規模戦闘(ウォーイベント)後の処理作業に追われていた。

 獲得した経験値を元にした『夜光』の成長。戦闘に使用したアイテムの確認や補充、ダメージを受けた召喚モンスターの回復や成長。

 さらには、契約(ティム)したばかりの魔王ルーフェルトやその配下の悪魔(デモン)族モンスターを、召喚モンスターリストである魔物(モンスター)図鑑(エンサイクロペディア)へ登録し、新規モンスターの召喚時のAI指針や待機時の行動などを設定してゆく。

 ふと時計に目をやると、既にPM9:00を過ぎている。

 『AE』のサービス終了まであと3時間。

 この短時間に、なんとしても手持ちのモンスターの成長や設定を終わらせておきたい。

 サービス終了するのに今更モンスターの成長など意味は無いかと思えるかもしれないが、これには理由がある。

 何故なら、『AE』のある機能は、MMOとしてのサービス終了時の状態を元に今後も残るからだ。


 それは、『マイフィールド』。

 その名前の通り、各プレイヤーの為の専用エリアの事だ。

 MMOでは、持ちきれないアイテムを保存する倉庫や、作成スキルに使用する設備部屋などの為に、一定スペースを各プレイヤーキャラが自由に使用できる機能がある。

 多くはマイルームやマイハウス、ホームなど、一部屋分のエリアや、せいぜい建物一つ分のエリアを設定するだけにとどまるのだが、『AE』ではその規模が|位階(ランク)の上昇や課金などによって大幅に拡大でき、一つの村や町、はては国と言えるほどまで拡大できるのだ。

 キャラ位階(ランク)が伝説級(レジェンド)で課金等を駆使した場合、その広さは最大で四国がすっぽりと収まる程になる。

 そして、マイルームなどと同じように、その中を自由に設定できるのだが、規模が違うだけにその内部で設定できる物は設備の域にとどまらない。

 比較的位階の低い下級(レッサー)の頃でも、村程度の広さが確保できるため、召喚NPCを住まわせる事ができる。

 プレイヤーが召喚している時間以外の行動も指定できるため、訓練などで戦闘スキルを磨かせたり、作成スキルを伸ばさせたり、実際に作成スキルを使用させることで冒険に必要なアイテムを作り出すことが可能なのだ。

 また、このマイフィールド専用の便利なアイテムや設備、専用NPCなどが存在し、課金アイテムとしてや大規模戦闘の報酬として存在するなど、運営側もこのマイフィールドにかなりの力をいれていた。

 その為、MMO終了後もマイフィールドの機能だけは、『AE2』開始後も残すことにしたらしい。

 実際、マイフィールド用の課金アイテムは、テーブルや椅子と言った小物から荘厳な神殿、果ては悪魔系モンスター用の魔界(ダークフィールド)等多岐に及び、運営側も安定した利益の出る機能は残したいという意図があったのだとも思う。


 僕達―正確には、僕達のアバターが現在位置しているのも、そんなマイフィールドの一つ。

 ホーリィさんが作り上げた、『神聖都市 ホーリィ☆てんぷる』の中央、大地母神の神殿の庭園だ。

 MMOとしての『AE』が終われば、別のプレイヤーキャラが他のプレイヤーの作り上げたマイフィールドへ入り込む事は出来なくなる。

 僕や先輩のようなリアルでの交流でもない限り、こうして他のプレイヤーのマイフィールドに入れるのは今夜が最後だ。


 大規模戦闘後の処理作業もひと段落つき、ふと会話が途切れた為、改めて庭園を見渡す。

 戦闘では、あれほど狂ったように|大鉄塊(ジャイアントメイス)を振り回すホーリィさんだが、彼女が作り上げたこの庭園は何度見ても素晴らしい。

 そういえば、ゼミにもガーデニングの雑誌をよく持ち込んでいたな……先輩はアパート暮らしだから、こういうのにあこがれてるのかな? 

 などと考えていると、チャット機能越しに、微かに音が聞こえた。


「先輩、何か聞こえません? 携帯か何か鳴ってませんか?」

「うん、そうみたい。ちょっと待ってね」


 どうやら何かあったらしい。ボイスチャットから微かに聞こえる声は、急速にトーンが落ちて行っている。


「えっと…………ゴメン、やっくん。今日はここまでみたい。バイト先のシフトに穴が開いたって店長泣いてる」

「あ~……またですか。其れなら残念ですけど仕方ないですね。じゃぁ、僕は『家』に戻ります」

「うん、残念…私も最後はやっくんの所で、モフモフモンスターに埋もれてサービス終了するつもりだったのに~ ……あんの小娘どもがぁ!!」


 吼え猛りながらログオフする先輩に合わせて、僕も先輩のマイフィールドから移動する。

 あの分だと、先輩の明日の機嫌は最悪だろうな…

 とばっちりがこちらに飛んでこないことを祈りながら、僕は自分のマイフィールドにたどり着いた。


 マイフィールドの玄関として設定された固定型の|転移の魔法陣(ゲート)をくぐると、目の前には巨大な陸地が広がっていた。

 広々とした平地と、遠くかすむ森林。はるか遠くには標高が1,000mをはるかに超えるであろう山々がそびえ、雲に霞んでいる。

 振り向くと、固定型の転移の魔法陣を保護するように建てられた祠と、海原。

 そう、これが課金等を駆使して限界まで広さを広げた、全マイフィールド中でも最大の広さを持つ、僕のマイフィールドだ。


 大きさは、中央の島と周囲の海を合わせて2万平方キロ…前述の通りに、18000平方キロの四国がすっぽりと収まってしまう。

 正確には、周囲の海をそれなりの広さに設定した為、中央の島の大きさは四国よりもやや小さいかもしれない。もっとも、地下に広がる悪魔(デビル)族の住む魔界や、上空にある天使などの聖霊(ホーリー)族が住む天界(ライトフィールド)は別カウントなので、総合的な『床面積』はもっと広い事になる。

 それでも広大には変わりがないフィールドを、少し見まわしただけでも無数のモンスターが闊歩している。

 一番多いのは位階が低い動物型モンスター達だ。

 まるで野生のままのように、鳥たちは空を飛び、魔獣とまでは行かないような現実よりはやや大柄の鹿や馬が大地を駆けている。

 転移の魔法陣付近からでは見えないが、この広大な島のあちこちにはエルフ達等の妖精種やゴブリン等の妖魔種の集落が無数に存在する。

 西側に設定した大河や湿地帯には、蜥蜴人(リザードマン)等の半水棲モンスターが住み、周囲の海の海中には、半魚人(サハギン)や人魚(マーメイド)も多数住む。

 山々には竜族の住む高地や、しばらく前に仲間にした炎の巨人族(ムスッペル)達の為の火山、霜の巨人(ヨトゥン)族や寒冷地モンスターの為の氷の山などさえある。

 人間型NPCやモンスターも幾つか町を作れる程度にはいるのだけど、先輩が言ったとおり、ここはモンスターの王国なのだ。


 ここには|召喚術師(サモナー)である、僕のメインプレイヤーキャラ『夜光』が仲間にしてきたモンスターの全てが待機状態で放たれている。

 集落を形成させると勝手に増えたりするモンスターも居るから、正直なところ、今どれくらいのモンスターが居るのか、僕自身把握し切れていない。

 ただ言えるのは、『AE』における、ほぼすべての種類のモンスターが、ここに居て、MMOとしての『AE』が終わったとしても、ここに嘗ててあったという証を残し続けられるって事。


 元々、僕はRPGの中の敵役であるモンスターが好きだった。

 それは、RPGでは、ともするとプレイヤーキャラ自体よりも多く目にする為かもしれないし、その特異な姿が宿す力強さや美しさに惹かれたからなのかも知れない。

 だからそのモンスター達と一緒に戦えるようなゲームは昔から好きだった。

 そして僕は、ペット職にとって天国ともいえるMMORPG、『AE』に出会ったのだ。

 僕は一気に魅了された。

 多彩なスキルや~称号(クラス)を駆使すれば、特定のユニークモンスターやネームドモンスター以外は、あらゆるモンスターを仲間にできるという仕様は、僕が望んでいたモノそのものだ。

 また、一度仲間にしたモンスターも、育て上げる事で強くできるのも、いい。

 例えば初めは下級で仲間にしたようなモンスターも、共に戦い成長して行くことで、伝説級にまで到達できるのだ。

 一応調整として、仲間にしたモンスターの成長上限は、プレイヤーキャラの位階(ランク)マイナス10までと定められてはいる。

 つまりプレイヤーキャラ同士でパーティーを組む方が基本的に強力なのだ。

 しかし、カンスト域でならば、スキル構成や称号次第では成長上限もある程度緩和でき、司令塔たるプレイヤーの指示も併せて、それを上回ることも可能だ。

 今回仲間にした魔王ルーフェルトにしても、<万魔の主(マスター・オブ・パンデモニウム)>の特性、である<契約(ティム)可能レベル制限+30>があったからこそ、プレイヤーキャラ以上の位階のモンスターを仲間にできたのだ。


 僕は『Another Earth』にのめり込んだ。

 召喚術師として、モンスター達と無数の戦いを潜り抜けた。そして、僕たちは強くなっていった。

 下級の屍喰鬼(グール)は、力を着け吸血鬼(ヴァンパイア)となり、いつしか真祖(アンセスター)を打ち破り、その座を奪った。

 粗末な槍をふるっていた蜥蜴人(リザードマン)は、無数の戦いの末に竜人(ドラゴニュート)となり、大型種(ヒュージモンスター)化のスキルさえ得て、竜王(ドラゴンロード)にすら並んだ。

 火炎の最弱魔法程度の威力の狐火(フォックスファイア)しか放てなかった子狐(リトルフォックス)は、いつしか霊力まで身に着け気狐(エルダー・フォックス)となり、最後には最強の妖獣と呼ばれる九尾の狐(ナインティルフォックス)となった。

 初歩の召喚魔法で呼び出した小悪魔(インプ)は、経験を積み魔力を高める事で位階を駆けあがり、いつしか魔王にまで上り詰めた。

 そして、冒険で得た素材を目いっぱいつぎ込み、対大型種用の最高位の魔像(ゴーレム)、超合金魔像(ハイブリッドメタルゴーレム)を作り上げた。

 僕は彼らと、どれくらいの冒険をしただろう。幾つの大規模戦闘を潜り抜けただろう。

 ……楽しかった。

 そして、あくまで意思を持たない、MMORPGと言う舞台に立つ役者であるパーティーモンスター達、そしてそれ以外のモンスター達を、いつしか友のように感じるようになっていった。

 だから、MMORPGとしての『AE』が終わり、パーティーモンスター、いやそれ以外のモンスター達との別れが近い事を知らされて、僕は決心した。

 消え去ってしまうモンスター達を、せめて何かの形で残そうと。


 方法は直ぐに決まった。

 『AE』から『AE2』へのモンスターのコンバート不可の通達と同時に、マイフィールドの存続もまたアナウンスされていた。

 元々、マイフィールドへはNPCや契約したモンスターを配置できる。

 これを利用すれば,MMO『AE』の終了後も、モンスターたちは僕のマイフィールドの中で存在し続け、冒険の日々があったことを残していける筈だ。

 それから、僕の『AE』での最後の冒険の日々が幕をあげた。

 『AE』終了アナウンス直前まででも既に、僕は最上級の召喚術師称号<万魔の主>として、全プレイヤーの中でも有数の数、モンスターと契約していたと思う。

 だけど、僕の目指すものにはまだ足りなかった。

 僕が目指したのは、所有数制限がかかるユニークモンスターやネームドモンスターを可能な限り、なおかつそれ以外の制限のかからないモンスターを全種類仲間にする事。

 それも、最低限『つがい』で、部族型のモンスターならば、部族単位程度の数をそれぞれに、群れを成すタイプなら群れごとに契約して、『種』としての形を残せるのを目標にした。

 それは、かなり無謀な試みで、失敗して当たり前の挑戦だった。

 だけど、僕は運がよかったのかもしれない。

 普段なら契約成立確率がコンマ以下の%しかないモンスターが左程苦労せずに仲間になったり、中々遭遇しないレアモンスターと偶然遭遇出来たり。

 そして、今夜、激しい大規模戦闘の末に、最後の契約目標だった魔王ルーフェルトを仲間にできた。

 この僕の庭(マイフィールド)の地下、悪魔族用のエリア、魔界へ魔王ルーフェルトを配置すれば、僕の『AE』での最後の目標が完成する。


 そして、今。




「……これで、完了」


 活動状態で『夜光』の背後に控えていたルーフェルトを待機状態へ変更し、待機位置を魔界の魔王殿(デスパレス)へ配置し終えた。


終わったぁ……


 僕は、大きく伸びをして、時計を確認する。

 もうすぐ0時だ。

 どうやら、かなりギリギリになってしまったらしい。

 ルーフェルトの居城の設定や、ルーフェルトと一緒に契約した上位悪魔たちをイイ感じに配置しようと頭を悩ましていたら、いつの間にかこんな時間になってしまった。


 そういえば、夕食を食べていない。

 集中力の全てを最後の冒険とマイフィールドの調整に傾けていたせいだろう。

 とはいえ、今僕の中にあるのはいいしれない満足感だ。

 味方だったモンスターも、敵だった多くのモンスターも、消滅することなく存在を残せた。

 これで心置きなく来週から始まる『AE2』への準備を始められる。

 既に使用キャラはコンバート済みだ。

 もし運営がもう少し頑張ってくれれば、そのうちにモンスターの『AE2』へのコンバートも出来るようになるかもしれないな……

 そんな事を思いながら、僕はベッドへ向かう。

 明日、先輩の機嫌をどうやってとろうかとも考えながら。





 ……そして、直後糸を切ったかのようにプッツリと、僕の意識は途切れたのだった。

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