万魔の主の魔物図鑑

Mr.ティン

 序章『アナザーアース』 

前日譚 ~炎の巨人の王スルト~  

 レイウェスト渓谷の北端、ガラルド山は、活発な火山として知られている。

 大規模な爆発は起こさないが、粘度の低い溶岩を河のように垂れ流し、噴煙で晴れの日が曇りのようになるのは珍しい事ではない。

 そのガラルド山の麓で、その二つの軍はにらみ合いを続けていた。


 ガラルド山は、炎の巨人(ムスッペル)族の住処である。

 炎の巨人族は、巨人(ジャイアント)族特有の巨大な体躯から振るわれる圧倒的な膂力、そして炎の精霊力をその身に宿したが故の火炎の魔術に秀でると知られている。

 また、その気性は燃え盛る炎のように激しく、草原を飲み込む野火の如くに貪欲だ。

 かつて、ガラルド山にか細いながらも幾つか存在した開拓村は、大異変後の彼ら炎の巨人族の移住によりあっさりとその全てを…その地に生きていた人々の命も含めて消し飛ばされた。

 更には、レイウェスト渓谷の南側、鉱山で栄えるエルマイン王国さえも揺るがし始めたのだ。


 最下級の巨人族たる下位巨人(レッサージャイアント)族でさえ、5メルを超える背丈と、それを支える圧倒的な筋肉の鎧をまとっている。

 また、ただその腕を振るっただけであろうとも、その破壊力は並みの騎士を馬ごと容易に薙ぎ払う力を持つ。

 ではガラルド山の炎の巨人族はどうか?

 15メルを超える体躯、炎の精霊力、そしてその炎の精霊力により鍛え上げたと思しき頑強かつ巨大な武具。

 そのようなモノが軍となったとなれば、国の一つや二つ消し飛んだとしても不思議でもなんでもないと言える。


 そして今ガラルド山の麓には、炎の巨人族の率いる軍が集結していた。

 主戦力たる炎の巨人族の戦士達を後方に、その配下となった中位及び下位の巨人族達が前衛に戦列を連ね、その周囲を無数の大鬼(オーガ)や岩鬼(トロール)が群れを成す。

 数で言えば、炎の巨人は100、中位及び下位の巨人が200、大鬼や岩鬼が1000。

 これほどの戦力ならば…そう、国の一つや二つ滅ぼすのは容易だろう。


 ひときわ目を引くのは炎の巨人族の王だ。

 燃え盛る炎の大剣を大地に突き刺し、相対する敵軍を睥睨するその姿は上位魔王(デモンロード)に匹敵する威を放っている。

 凶暴な気性を隠しもしない歪んだ表情もさることながら、内に秘めた炎の精霊力のあまりの強さは耳目から時折炎がこぼれるのだ。

 その視線に囚われれば、位階(ランク)の低いものであれば恐怖のあまり自ら心の臓をとめかねない。

 なにより、巨大である。

 巨人族でも大柄な炎の巨人族の中にあって、更に二回りは大きい。

 恐らくは30メルを超えるであろう巨体は、この戦場にあってどこからでも見つけられるであろう程だ。

 その体躯で手にした巨大な炎の剣を振るうのならば、神の如き力を持つ|竜王(ドラゴンロード)達でさえただでは済まぬであろう。

 守りにあっても、体内に荒ぶる炎の精霊力が満ち満ちているがために、魔力のこもらぬ武器では触れるだけで溶け崩れ、魔力を秘めた武器であろうともその鋭さを鈍らせるのだ。

 炎の巨人族の族長であり近隣の巨人族の王スルト。

 ガラルド山近隣を恐怖で覆う脅威の根源である。


 だが…それほど圧倒的なまでの力を持つはずのスルト率いる巨人達の軍は、目の前の軍に対して未だ動きを見せていなかった。

 凶暴な炎の巨人はその気性故、敵と見れば見境なく襲いかかってゆく性を持つ。

 幾らスルトが王として圧倒的統率力を持っていたとしても…いや、それだからこそ敵軍を前にして只軍を集結させているだけと言うのは奇妙だ。

 なによりその布陣は、ガラルド山の炎の巨人の住居へと続く洞窟を背に、まるで頑強な砦の如くに半円を描いている。

 陣を形成する巨人族達も、よくよく見れば何かがおかしい。

 既に戦火を交えたかのような無数の傷、本来凶暴さでは炎の巨人に匹敵する大鬼達に浮かぶのは、恐怖の蔭か。

 流石に炎の巨人族や中位の巨人達の戦意は衰えていないが、下位の巨人の中には動揺の色を浮かべる者も居る。


 そう、彼らは守勢に回っているのだ。



 スルトがエルマインへの侵攻を開始したのは3日前。巨人達の軍勢は、手始めにレイウェスト渓谷中ほどの鉱山都市、バルフレクへと襲いかかった。

 バルフレクは、レイウェスト渓谷の切り立った崖に張り付くように作られた鉱山都市だ。

 並みのモンスターへの備えならば十分にあるが、上位の魔王に匹敵する力を持つスルトの軍勢を前にしては、燃え盛る炎の前の藁にも等しい。

 ただ焼き尽くされ、灰すらも吹き散らかされるだろう。

 しかし、そうはならなかった。目の前の敵軍が、スルトの軍勢の前に立ちふさがったがために。


 初戦、圧倒的な戦力で襲いかかったはずのスルトの軍は、逆に真正面から力で打ち破られた。

 スルト自身が出るまでも無いと、一軍を任せた片腕と言うべき炎の巨人の勇者が、巨大な刃で一刀の元に切り捨てられたのだ。

 更には、預けた巨人達も全て帰らぬものとなった。

 この被害は、スルトとしても無視できぬものだ。

 主な標的及び略奪対象は、あくまでエルマインだ。手始めであるはずのバルフレクで、これ以上被害を出すわけにはいかない。

 同時に鉱山都市であるバルフレクは、仮に本腰を入れ強引に攻め落としたとしても実入りはさほど良くは無い。

 だがとるに足らぬと思われた有象無象に足をすくわれたという屈辱は、決して許せるものではない。

 屈辱と怒りで全身から炎を溢れさせながら全軍をもって侵略の号を下さんとした時、先んじた敵軍がスルト達へと襲いかかった。

 結果…ここでも一軍を失ったスルトは、体勢を立て直すことを余儀無くされた。


 その後、戦端は2度開かれた。

 戦う度に、敵軍はスルトの軍勢を蹂躙し、その戦力を削り取っていった。

 炎の巨人の軍勢の大侵攻は、いつしか撤退戦へと姿を変えていた。


 そして、今。

 留守を任せていた者達と合流し戦力を回復させたスルトは、最後の戦いへと臨もうとしていた。

 これ以上の後退は、住居を失うことになる。

 炎の巨人は、内に炎の精霊力を宿すがゆえに、炎無くしては生きられない。

 ガラルド山は火山である。

 炎の精霊力に満ちたこの地を失えば、故郷たる|炎熱の国(ムスッペルヘイム)に戻るか、新たなる炎に満ちた住居を探すかしかない。

 しかし、炎熱の国への距離はあまりに離れており、撤退しながらでの到達は困難に過ぎる。

 新たなる住居も、そのような条件の整った地など早々見つかるものではない。

 そもそもがエルマインへの侵攻そのものが、かの地にある火炎樹が群生する谷、|焔谷(フレイムバレー)を手中にするためでもあったのだ。


 しかし、その道は絶たれた。



 スルトは怒りと屈辱に狂わんばかりの激情を、これまでの戦いで判った事実を冷静に判断する意識で押さえこんでいた。

 勝てない。

 それは恐らく厳然たる事実であるのだろう。

 炎を噴き上げる目は、敵軍の右翼を見る。

 そこには、スルトに匹敵するような巨大な体躯を持つ竜が、直立して腕を組んでいた。

 背には、スルトの炎の剣と遜色無いほど巨大な大剣。頑強で知られる竜鱗の上を更に覆うのは、背の巨大な翼を邪魔せぬ胸当てだ。

 炎の化身の如きスルトと比べ、激情を溢れさせることなくたたずむその姿は、竜らしく発達した巨大な角や牙をもちながら、どこか鍛え上げられた剣のようだ。

 恐らく竜人(ドラゴニュート)、それも位階を竜王の領域まで高めた個体(ユニーク)であろう。

 スルトの右腕ともいえた勇者を一刀の元に切り捨てたというのも、この竜人に違いない。

 そして、竜の眷属であるならば、炎の巨人が持つ炎の精霊力さえものともしないだろう。

 あのような個体、ともすればスルトと同じ名前持ち(ネームド)が、将の一人(・・・・)に過ぎないというのは、恐るべきことだ。

 さらには、大型の竜人の足元には一糸乱れぬ列を成した蜥蜴人(リザードマン)や通常の体躯の竜人の軍。

 下位の竜族にまたがった竜騎兵(ドラゴンライダー)や、飛竜に乗る者達さえ居る。

 これまでの撤退戦で、大鬼や岩鬼達を蹂躙し切ったのはこの右翼の軍だった。

 本来個体同士の戦力ならば、大鬼や岩鬼は竜人とさほど位階が離れているわけでもなく、こうまで一方的な戦いになるはずはない。

 ましてや、蜥蜴人の位階は、かなり低い部類に入る。

 スルトの率いる軍勢の最下級の兵である大鬼でも、並みの蜥蜴人ならば小部隊(パーティー)を相手取れるはずだ。

 それが、ここまで押し切られる。

 それはただ力任せに暴れるばかりの大鬼達と、統制の取れた軍との差だ。

 スルトの冷静な事実を認識する意識は、敵軍の右翼のみを全軍で相手取ったとしても、良くて勝ち目は5分であろうと告げていた。


 で有るならば、敵軍の残りはどうか?

 スルトは敵左軍を見やる。

 敵軍は大きく左右と中央の3軍に兵を分けている。

 そして、そのそれぞれがはっきりと特色を持っている。

 右翼は、先に述べた竜人を将とした竜人の軍。

 そして左翼は…正確には軍とは言い難い。

 それは、一言で表すのならば、群れだ。

 無数の妖獣魔獣が群れを成している。

 雷の精霊力を内に秘め、その角より放つとされる角を持つ獅子(ホーンドリオン)、下位巨人に匹敵する体長を誇る漆黒の猟犬冥府犬(デスハウンド)、突進で巨木をなぎ倒すと言われる突撃猛牛(チャージオックス)…

 そのいずれもが、巨人族にとっても脅威となるものばかりだ。

 しかし、そのような魔獣達も、今スルトが見ている個体に比べれば取るに足らないだろう。

 黄金の毛並みを持つ巨大な獣。頭と胴を合わせれば、スルトよりは一回り小さいと言える。だがその無数の尾は、魔獣達の頭上を覆わんばかりに長い。

 そうそれは、魔獣達の群れの上空)にいた。

 当然のように、大地を踏みしめるが如くに空中に立ち、九本の尾をくねらせる伝説の魔獣。

 言い伝えでは、無数の国々を滅ぼし、最後は強大な軍勢を以てしても封印する事しかできなかったという。

 左翼にいるこの個体が、伝説に伝えられる名前持ちそのものではないだろう。

 だが、それに匹敵する脅威に変わりは無い。

 妖獣を統べしモノ、最上位級の魔獣、九尾の狐(ナインティルフォックス)と、その配下。

 これも、スルトの残り兵力全てを傾けたとしても勝ちを拾い得るかどうか。

 スルト自身は、あの竜人や九尾の狐双方単独でならば、相手取ったとしても負ける気はない。

 だが、軍単位で見れば、配下の質と量で後れを取っているのは明白だ。

 守勢を取り、受けの戦いそしてようやく拮抗し得る。

 そして、配下が敗れ去れば、スルト自身が優勢であろうとも、勝ちの目は消える。

 有象無象に援護されては、さしものスルトもあの強力な個体たちに勝ちの目はあり得ない。

 魔獣達を混乱させ、同士討ちさせられれば2軍相手にしたとしても活路があるかもしれない。

 しかし、それには更なる問題が存在していた。


 そして、スルトは見やる。中央の軍を。

 そこには、巨人達の軍が居た。

 構成はスルトの率いる軍と同じく、巨人族や大鬼、岩鬼等だ。

 数は、今スルトが率いる軍勢の半分ほど。だが、それは絶望的な存在だ。

 この軍を相手にして、スルトは一切の勝機を見出せないでいた。

 なぜならば、敵軍に加わった巨人達の軍、それはここまでスルトが失ってきた兵そのものだからだ。

 撤退の間、打ち取られた同胞達、それが、瞳を真紅に染め、または白く濁った眼や虚ろな眼窩をスルトに向けている。

 かつてスルトの部下であった巨人達は、今、不死者(アンデッド)となってかつての王に刃を向けていた。

 真紅の瞳と乱杭歯をむき出しにするのは、下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)と成り果てた者だろう。

 いわば、吸血巨人(ヴァンパイアギガース)とでも言うべき存在だ。

 仮に、巨人が吸血鬼と化したのならば、その脅威はどれほどのものか。

 力を持たぬ人間種が下級吸血鬼となった際のその力の差を考えれば、スルトでさえ脅威を感じずにはいられない。

 なにより、敵中央の軍の後方に見えるのは、右翼の竜人に切り捨てられたという、かつてスルトが右腕とした将だ。

 あの者が、吸血巨人となったのならば、スルト自身負けはせずとも苦戦を免れないだろう。

 それに加え、屍兵(ゾンビ)や骸骨兵(スケルトン)と化した大鬼、岩鬼も居る。

 幾ら不死者が炎に弱く、炎の巨人が炎の精霊力を宿しているとはいえ、スルトが率いる通常の大鬼、岩鬼にとっては脅威に変わりは無い。

 むしろ、不死者化により強靭さを増した敵側の下位種族の軍に一方的に蹂躙されかねない。

 本来、太陽の光に弱い不死者だが、今は運悪くガラルド山の活動期だ。

 噴煙に太陽は隠れ、不死者であっても活動が可能な程度に薄暗い。

 その力を振るうのに問題は無いだろう。

 住居としてきたガラルド山に裏切られた様な気分だ。

 スルトはそこまで考え、更に考えたくはない事実を認識する。

 この数の巨人の軍を、不死者とし支配する存在が、敵軍に居る。

 かつて右腕とした将程の、炎の巨人でも高位の位階に至った存在を、吸血鬼へと変え得る存在。

 そんなモノは、他にはない。最上位の吸血鬼、真祖(アンセスター)以外に居るものか。

 全員が個体であり、名前持ちとして世界に記憶されているという、スルトとしても同格と認めざる得ない死に腐れ達。

 そのうちの一体が敵として相対している、その事実にスルトは唸り声をあげた。

 左右中央、全てが脅威であり、一度に攻められればスルトの軍は、松明の炎を流れ水に浸すが如くに消え去るだろう。

 そして、スルトが治める炎の巨人の部族は滅びる。

 だが、そこまで考えスルトは訝しんだ。

 なぜ、攻めてこないのか?


 既に双方布陣は完了しているように見える。

 スルトの側は、炎の巨人の集落への洞窟を守るかのように半円に布陣し、防御に徹した構えだ。

 対して敵軍は、3軍に分かれて並び鼎の陣を成している。

 3軍一斉に攻めかかってくるのか、時間差を置くのかで相手を揺さぶりをかけるのかもと考えられるが、こうも明確に戦力差を見せつけられては、それも意味ある事とは思えない。

 では何故だ…?

 そこまで思考が及んだのを待っていたかのように、敵軍が動き出した。

 スルトの周囲の炎の巨人達が緊張に身を振るわせる。

 だが、どうやら敵軍の動きは攻勢に出るものではないらしい。

 動きがあったのは中央の軍の後方だ。

 スルトの右腕であった将の近辺から、中央の軍勢が左右に分かれてゆく。

 同時に両翼の軍も中央の軍に合わせ、左右に広がる。

 ただ、双方の軍の指揮をしているはずの竜人や九尾の狐だけは、何を思ったのか敵軍の中央後方、今まさに動きがあった個所へと向かって行く。

 何かあるのか?

 その敵軍中央後方へ視線を再度移したスルトは、目を見張った。

 スルトの周囲の巨人族も慄きの声を上げる。

 それは、巨大な転移の魔法陣(ゲート)だった。

 まるで扉の如く浮かんだそれは、スルトの背よりもなお大きい。


 転移の魔法陣とは、遠き2つの地点を空間を超えて結ぶ扉のようなものだ。

 宙に浮かぶ魔法陣を目標の地点と目の前とに浮かべ、魔法陣を潜り抜けることで一瞬にして移動が可能となる。

 その大きさは通すべきモノに応じた大きさのものを用意するのが普通だ。

 では、あの規模の魔法陣を必要とする転移の対象とは?


 答えはすぐさま明らかとなった。

 巨大な転移の魔法陣の中央から、何かが飛び出した。

 巨大な蝙蝠の翼をもち、捻じれた角と漆黒の尾を持つ異形の姿。

 鎧らしきものを身に着け武具を手にしているため、騎士のようにも見えるがそうではない。

 あれは悪魔(デモン)だ。

 それも一体ではない。

 初めの一体の後は、次々とまるで鳥の群れのように群れを成して転移の魔法陣を潜り抜けてくる。

 比較的小柄で羽が一対の下級悪魔(レッサーデーモン)に、大柄で複数の羽を持つ上級悪魔(グレーターデーモン)が、中央の軍の上空に地上の不死者の群れと同じく左右に分かれ並んでいく。

 あまりの光景にスルトは理解した。

 敵は動かなかったのではない。待っていたのだ。

 敵は地上の3軍だけではなく、悪魔の軍勢さえも率いている。

 バルフレクからここまでの戦いにおいて、悪魔の軍勢は今まで姿を見せていなかった。

 それがここにきて現れたと言う事は明白だ。

 敵は、ここまで本気を出していなかったのだと。

 絶望に囚われそうになる中、更に最後に現れた影に、スルトは目を見開く。

 それは、一見すれば、卑小な人間程度の、今まで現れた悪魔と比べても小柄な影だった。

 だが、内に秘めた魔力は圧倒的に過ぎる。

 零れる残滓のような魔力さえ周囲の光景をゆがめる程の魔力だ。

 恐らくは大悪魔(アークデーモン)、さえも凌ぐだろう。

 それはつまり、あの影の位階は、少なくとも魔王の領域に有ることになる。

 ここに至り、スルトはある覚悟を決めた。


 降るのだ。


 恐らくは、あの影は魔王の位にある存在だ。

 であるならば、ここまでの3軍―いや、悪魔の軍勢を含めれば4軍―を統べるのはあの影に他ならない。

 何故魔王の位に有る者がバルフレクを、エルマイン王国を守るような真似をするのか、それはスルトには分からない。

 しかし、魔の側に立つ者であるならば降るのも悪くは無い。

 戦力として使いまわされることにはなるだろうが、スルトが治める炎の巨人の部族は生き残り得るだろう。

 上手く内に入り込めば、再起する機会もあるやもしれない。

 何より、これほどの軍を、力を持つ存在だ。

 卑小な存在に降る訳ではない。

 巨人であるがゆえに、シンプルに力を信奉するスルトにとって、それは己を納得させるのに十分な理由だった。

 しかし、降るにもどうするかと言う問題はある。

 これまでの戦いで、被害の大半はスルトの軍の側にある。

 配下は怒りと屈辱に燃えているであろうが、それはスルトとて同じことだ。

 だが、部族を存続させる事こそ優先させねばならない。

 更に言うなら、スルト自身も生き延びる必要がある。

 スルトの部族に有って、突出していた力を持ちなおかつ知恵と言うべきものがあったのは、スルト以外はあの吸血巨人と化した将だけだ。

 つまりスルトを失えば、粗暴なただ暴れるだけがせいぜいの者達ばかりとなる。

 それでは、ここで生き延びたとしても部族の未来は暗い。

 己の力をいかに高く売り付け、その上で配下の暴発を防ぐ手段となると、それは…


 部族の秘宝を差し出し、自身の子を人質に差し出す事まで視野に入れてでも降るすべを模索するスルト。

 故に、その最後の変化に気付くのには少しばかりの時間を必要とした。

 先に気付いたのは、周囲の炎の巨人達だ。

 転移の魔法陣が、未だ消滅していないと言う事に。

 そして、魔王と見なされた影の後から、何者かが現れようとしていることに。


 それは、まず手から現れた。

 だが、その位置と大きさのどうしたことか。

 あれが手だとしたら、その大きさから察して、スルトが子供のように見える体格となる。

 現れる存在を想像し、霞んだ声を漏らす巨人達に、スルトもようやくそれに気づく。

 今まさに、それは現れようとしていた。

 巨体に見合うようなゆっくりとした速さで、扉ともいえる転移の魔法陣を潜り抜けてくる。

 それは、聊か奇妙な人型だった。

 全身を鎧で包んでいるかのようだが、明らかに腕の長さや関節の位置などがおかしい。

 不格好な巨人が全身鎧を着ていても、こうはならないだろう。

 だが、その巨体は50メルに届こうかと言う巨大なモノだ。

 武器等は持ってはいないようだが、あの巨体で戦場を動き回られでもすれば、それだけで大鬼、岩鬼は蹴散らかされ、炎の巨人を初めとする巨人族は蹂躙されることだろう。


 あれは一体何か? 魔王の下僕であろうか?

 思い、先に出た魔王らしき姿を探し…スルトは凍りついた。

 敵軍は、二つに分かれている。

 その分かたれ、道となったかのような場所に、スルトが各軍を指揮しているとみなしたモノ達が並んでいるのだ。

 竜人や九尾の狐は、その巨体のままに、敬うかのように転移の魔法陣へと頭を下げ、先刻まで気付かなかった漆黒のローブを纏った人影が、背後にスルトのかつての右腕を控えさせ、地に膝をついている。

 あのローブの人影は、恐らく中央の軍、不死者の軍勢を率いる真祖なのだろう。

 だが、それはいい。今はそれよりも重要なことがある。

 スルトが魔王と見なした影、それすらも忠義に篤き家臣の如くに頭を下げているのか?

 よもや、あの不格好な鎧の巨人こそがあの軍を統べる主なのか?

 改めて鎧の巨人を見れば、全身が通り切ったのか、背後の転移の魔法陣が消えてゆく。

 魔法陣の光が無くなり、ようやく、スルトは鎧の巨人の手、初めに現れた手に、何者かが乗っていることに気が付いた。

 身が震える。

 アレだ。アレこそが、あの軍の主だ。

 竜王に匹敵する位階に至った竜人も、

 最上位の魔獣である九尾の狐も、

 最上位の吸血鬼、真祖も、

 圧倒的魔力を放つ魔王も、

 そしてあの巨大な鎧巨人も、全て。

 スルトは本能と言うべき部分で理解した。

 アレこそは、ありとあらゆる魔、ありとあらゆるモンスターを統べる者だと。

 理解したが故に、スルトは大地に突き立てていた炎の剣を抜くと傍らに倒し、ゆっくりと片膝をつき頭を垂れた。

 スルトの恭順を示す姿に、だが周囲の炎の巨人達からの不満の声などない。

 スルト以外の巨人達は、既にひれ伏していたのだ。


 もし仮にバルフレクで戦端が開かれる前に、あの影に会ったのならば、スルトもここまでの意を示さなかっただろう。

 確かに最後に現れた影のその魔力は、先に現れた魔王さえも上回る。

 だが、圧倒的敗戦を、圧倒的力を見せつけられ、実際の力の差を既に見せつけられなければ、炎の巨人も折れはしない。

 炎の巨人の王ともなれば猶更だ。


 そして、鎧巨人…超合金魔像(ハイブリッドメタルゴーレム)の手に揺らされ、スルトの前にやってきたそれは、スルトへこう告げた。


「…僕と共に来ないか?」


 巨人の手のひらに乗るモノ。間近で見ると、驚くべきことに人間の魔術師のようだった。

 それも、まだ子供と言っても良いような小柄な姿だ。

 だが、内に宿した魔力の威は、確かにあの魔王を超える。


 面白い。スルトは思う。

 たかが人の身で魔王や真祖、竜王や魔獣の王を従えるもの。

 そんな存在の噂を聞いた事があった。

 あらゆる魔を、聖を従える者。万魔殿の主。

 目の前の人間がそうだと言うのなら、もしやその目的はスルトをその軍勢に加えることにあったのだろうか?


 だとしたら、好都合という物だ。


「是…我が軍、貴殿の軍には勝てぬ。故に降ろう。我が部族、その軍に加えるがいい。だが…」


 スルトは傍らに置いた剣を再び握りしめ、立ち上がる。

 魔像の手に立つ魔術師が欠片も動じないのを確かめると、炎の大剣を再度大地へ突き立て、吼えた。


「我は未だ敗北しておらぬ! 『我』の力を従えたくば、その力を示せっ万魔の主よ!!」


 戦場の隅々に響き渡る大音声。

 ビリビリと大地まで震わせたそれに応えるように、背後にそびえるガラルド山が一際巨大な噴煙を上げる。

 スルトの言葉に応えるように、鋼の巨人の背後に控える魔の軍の将達が前に出んとする。

 それを小さな影は腕の仕草一つで控えさせた。

 さらに、全ての軍を引かせると、巨大な魔像の手から頭の横へその身を移し、戦場の中央に残った。

 なるほど、その魔像が我が相手か。

 スルトは頷き、己が配下の巨人達を下がらせると、炎の大剣を手に魔像より幾分離れた地で対峙する。


 数瞬の静かな対峙。

 そして


「ウオォォォォォォォァァァァァッ!!!」

「いけっ、ギガイアス!!!」


 高熱を振りまく大剣が振り下ろされ、唸りを上げ旋回する魔像の拳と真正面からぶつかり合う!

 刃金と鋼がぶつかり合い、軋み、唸る!

 衝撃波すら伴う轟音が戦場に広がり、炎と鋼の巨人が踏みしめた大地が裂けた。

 反動をものともせず、スルトは横薙ぎに剣を叩きつける。


捕った!


 と思った次の瞬間、再び衝撃が辺りを襲う。

 魔像の拳が再度炎の大剣を迎え撃ったのだ。

 恐るべき反応の速度だ。

 この魔像は、鈍重そうな見かけに反した驚異的な素早さを示した。


敵を見誤ったか!


 思う間もなく、スルトは大きく飛び退る。

 三度放たれた鋼の巨人の拳が、目の前を通り過ぎていく。

 更に四度目。

 スルトの胴めがけて迫る拳を、巨人の王は大剣の柄を振り下ろし、迎え撃つ。

 柄頭が旋回する拳に突き刺さり、一瞬その勢いを抑え込む!

 だが確かに拳を受け止めたはずの柄は、轟音を上げ旋回し続ける鋼の拳に弾かれた!

 そのままスルトの脇腹へと突き刺さった拳は、旋回を止める事無くガリガリと音を立て胴鎧を削り取っていく!


「ぬうぅっっ!!」


 一度剣の柄を叩きつけただけに吹き飛ばされはしなかったが、このままでは鎧を貫かれ、拳は胴に突き刺さるだろう。

 スルトは覚悟を決めた。


 弾かれ、跳ね上げられた大剣を渾身で握りしめる。

 鎧を突き破らんとする拳を無視し、渾身の一太刀を魔像の顔の横、万魔の主へと振り下ろした!

 岩さえ砕く豪腕が主を守ろうと振り上げられるが、スルトは構わず剣を引く。

 鋼を断ち切られ、撃ち抜かれる轟音が響き渡る。

 引いた敵軍の将達が動揺する様が見え、スルトはにやりと笑う。



 そして、スルトの口元から一筋血が流れた。

 超合金魔像の拳は、遂にスルトの鎧を貫き、胴へ深々と突き刺さっていた。


 そして振り下ろした炎の剣は、魔像の頭上へと掲げた腕を半ば断ち切り…頭の横に立つ人間の手前で、動きを止めていた。


「…届かぬ、か」


 目の前で炎を噴き上げる刃に一筋の動揺も見せない万魔の主。

 臣である超合金魔像の勝利を信じ疑わない真っ直ぐな瞳が、刃の先のスルトを見据えていた。

 その様に満足し、スルトは目を閉じる。

 良き主に巡り合えた実感と共に。




 こうして、炎の巨人の王スルトは、僕と契約を結んだ。

 条件は……彼の部族の安全と、新たな居住地、か。

 マイフィールドに火山を追加してあるから大丈夫、かな?

 それにしても、契約直前に一騎打ちなんて、wikiにも載ってない仲間入り条件だなぁ……


 えっと、これでリューシア北部域の部族モンスターはコンプと。

 ……Another Earthのサービス終了まで、あと1ヶ月かぁ。

 間に合えばいいなぁ……







>>図鑑に新たなモンスターを登録しました。


>>大鬼(オーガ)、岩鬼(トロール)、下位巨人(レッサージャイアント)、丘巨人(ヒルジャイアント)、山巨人(マウントジャイアント)、炎の巨人(ムスッペル)は既に登録されています。

>>保有数に追加しますか?  >YES

>>各モンスターの保有数に追加しました。


>>新規に登録されたモンスターを表示します。


【名称】スルト  ※ユニーク/ネームドモンスターです。名称の変更は出来ません。保有数に制限がかかります。

【種族】炎の巨人(ムスッペル)

【位階(ランク)】伝説級(レジェンド):95

【称号(クラス)】<武王(ウォーロード)><大剣の達人(マスター・オブ・グレートソード)><大型種(ヒュージモンスター):L><族長(オサ)><火炎術師(ファイアメイジ)>

【コスト】召喚:炎の精霊石*20 維持:炎の精霊石*5/1日


>>登録を完了しました。

>>現在休眠状態です。待機状態へ移行しますか?  >NO

>>登録は以上です。

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