第6章 高校生は恋をする?

第21話 ぶつかる想い

 放課後、非常階段の踊り場で2人の生徒が顔を合わせていた。1人は痩せた体躯に灰色の髪をした男、谷地田 輝。彼は友達から「テル」と呼ばれている。もう1人は筋肉質な体つきで明るめの茶色い髪をした男、滝本 勇。彼は「イサミん」と呼ばれていた。


「どうした、イサミん? こんなところに呼び出して……まさか愛の告白じゃないよな?」


 茶化して話しかけるテルに対して、イサミんの表情は険しい。だが、あえてテルは空気を読まずにそのまま話を続けていた。


「俺に『そっち』の趣味はないぞ? それにイサミんが男に告ったなんて知れたらクラスで泣く女がわんさかいるぜ?」


 冗談を続けるテルだったが、イサミんは一向にそれに乗っかる気配がない。


「……なんだよ? 真剣な話なのか?」


 イサミんは、彼が自分に目を合わせるのを待ってから話し始めた。


「僕は回りくどいのが苦手だ。だから、単刀直入に聞く。君はホメ子さんを狙っているのか?」


 誰かがこの会話だけを聞いたなら、「テルはホメ子さんと付き合いたいのか?」と尋ねているように思うだろう。だが、場の空気でそういう意味ではないとテルは察していた。察してはいるが……。


「なんだ、イサミん!? ひょっとしてホメ子さんに気があるのか? だったら俺じゃなくてカラスに協力してもらう方がいいと思うぜ?」


 少しの静寂、テルのおどけた顔とここの空気はあまりに不釣り合いだった。


「あくまでとぼけるつもりのようだな、テル。それなら僕からは警告だけはしておく。君がホメ子さんに手を出すようなら、僕は友人相手でも容赦しないつもりだ」


 イサミんは、ある者に言わせれば「闘気」、もしくは「殺気」ともいえるものを放ってみせた。それは普通の人間にはなにも感じられない。だが、暗殺を生業としているテルが感じ取るには十分過ぎるものだった。


 テルはこれまでとは明らかに違う、誰も見たことのないような殺意をたぎらせた表情をイサミんに向けた。それはまさに鬼の形相。そしてただ一言だけを言い放った。


「俺の邪魔をするな」


 彼はそれだけ言って背を向けた。イサミんは廊下を歩いて遠ざかっていくテルの背中を見つめていた。


『今の気配……やはりただの学生ではない。何者かはわからないが、僕はホーリー・メイデンを守るために戦う覚悟がある』



 一方、テルもイサミんが放った「闘気」に只ならぬものを感じていた。


『滝本 勇……どうやら俺の障害になる男のようだ。今の殺気は油断ならない。簡単だと思っていた仕事にまさかこんな邪魔が入るとはな』


 2人の男子学生は、お互いが何者か知らないままにそれぞれの目的の「敵」として認識を改めていた。



 ――そして、とても残念なことに偶然2人の会話を下の踊り場で聞いてしまった人がいた。それは黒く長い前髪が特徴的な男子生徒だった。


「テルとイサミん、揃ってホメ子さんが好きなのか……」

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