第12話 大魔神

 5月の大型連休が過ぎました。ここ数年は春が短く、すぐに夏の暑さがやってきます。入学時から着ていた制服のブレザーもほとんどの生徒が脱いでいました。そんな中でもひときわ暑い日、その日は現代文の授業で漢字のテストがありました。


 私は、勉強があまり得意ではありません。今、在籍しているこの高校も除霊師云々の話がなかったら入学すらできていなかったと思います。――というより、受験しようという考えすら浮かばなかったと思います。そうです、私立皐ケ丘学園高等学校は非常にレベルの高い進学校なのです。


 そんな学校でのテストなんて、単なる授業の一環の小テストでも私にとっては恐怖でした。恐らくどれだけ成績が悪くても、いろいろ手がまわって退学にはならないようになっていると思います。それでも、あんまりに悪い成績は私自身が傷つきます。


 除霊師として、私は世界を救うヒーローになろうとしています。主人公タイプはあまりインテリ系ではないと思うのです。きっと、補佐役の英才系の友達ができて頭脳面のサポートはしてくれると思っています。


 頭でいろいろ考えていると、漢字テストと答案用紙がまわってきました。こちらの方が悪霊よりよほど手強いではないですか……。そう思ったとき、なにやら教室内が騒がしくなっていました。


 どうやら大きめの蜂が教室の中に入り込んでしまったようです。ある生徒は大声を上げ、ある生徒は席から立ち上がっています。私は虫が得意というわけではありませんが、除霊の経験上、危険な状況に慣れていました。そのため、この状況をやや冷めた目で傍観していました。


 「あれ」に気付くまでは……。


 蜂はあろうことか、ホメ子さんの背中に降りてきました。これには私も、わずかに動揺しました。ホメ子さんが危ない! そう思ったとき「あれ」の気配に気付きました。


 場所は教室の前の方、黒板の付近に強烈な悪霊の気配を感じました。この騒ぎに乗じて、まさかホメ子さんに憑りつくつもりなのでは……。私はこんなこともあろうかと、除霊のおふだを常に隠し持っています。しかし、この場で除霊をするにはあまりに目立ち過ぎます。除霊師は表に出てはならない存在なのです。


 どうしたものかと考えていると机にしまった現代文の教科書が目に付きました。


『お札に除霊の力を込めてここに挟みましょう』


 これで恐らくここにいる人の目は誤魔化せます。あとはどうやって黒板のあたりに行って除霊するか、です。ここで普通に席を立ったら明らかに不自然です。私は教科書を手に持ったまま、頭を抱えていました。今、漢字のテスト中ですので、見方によってはカンニングと勘違いされそうな気もします。


 そうこう考えているとき、ホメ子さんの背中にいた蜂がそこを飛び立ちました。偶然にもそれは、私と悪霊が発生した場所とを結ぶ直線状に位置していいたのです。


『今しかありません。どうかホメ子さんには当たりませんように!』


 私は渾身の除霊の力を込めて、お札を挟んだ教科書を悪霊目掛けて投げつけました。それは飛び立った蜂を狙ったように飛んでいき、それでも蜂には命中せず、その先の悪霊に命中して、それを消滅させました。悪霊を貫通した教科書はそのまま黒板に直撃しました。


「こらっ! 誰ですか!? 教科書を投げるとは何事です!?」


 先生の怒号が響き渡ります。先生は悪霊に気付かなったようですから仕方ありませんね。


「……ごめんなさい、先生。ホメ子さんを助けようと思って」


 私は事実を口にしました。「蜂」からではなく「悪霊」からですが、ホメ子さんを救うために教科書を投げたのです。


「ありがとうございます、リンちゃん! 大魔神もびっくりの剛速球でしたね!」


 ――『大魔神っ!!』


 私はホメ子さんの言葉に耳を疑いました。


 それは、この学校の建っている丘に眠っている御神体について説明を受けたときの「ある言葉」が記憶に残っていたからです。



『今、ここに眠る御神体は畏怖の念を込めて、我々除霊師の間ではこう呼ばれております……。【大魔神】と』



 お爺様たちの声が記憶を過ぎりました。今、ホメ子さんはたしかに「大魔神」と口にした。そんな言葉が出てくる場面ではなかったはずです。まさか、ホメ子さん……、この地に眠る御神体のことを知っているのですか?


「『球』じゃなくて『本』ですけどね」


 私は平静を装って、ホメ子さんに言葉を返しました。ですが、この時の胸中は決して穏やかなものではありませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る