第2章 アッシュ・ザ・キラー

第5話 暗殺一家の末裔

『ターゲットの名は【誉川 芽衣子】、この4月高校生になる女の子だ』


 新月の夜、俺は近所の公園で親父からの電話を受けていた。冬は空気が澄んでいるのか、それとも月明りがないおかげなのか、星空が綺麗だった。


『この女子生徒を学内で事故に見せかけて抹殺する。それが今回のお前への依頼内容だ』


 夜中の公園でブランコに揺られながらスマホで話をしている俺の姿は、傍から見てどう映っているだろうか。少なくとも殺しの依頼を受けている最中と思う者はいないだろう。


『お前の高校への入学手続きはこちらで済ませてある。4月からターゲットと同じ学校へ通い、隙を見て始末する。できるな?』


 スマホの画面に表示された「父」の文字を見ながら俺は薄い笑みを浮かべた。


「親父よ。俺に向かって『できるな?』はないだろう。今まで俺が『仕事』をしくじったことがあったかい?」


『そうだったな……。やり方はお前に任せる。好きにやれ』


 スマホ画面の赤い終話マークをタッチした後、俺は白い息を吐き出した。


 俺は「谷地田 輝(やちた てる)」。今年の4月から高校に進学する予定になっている。だが、「学生」としての俺は仮の姿に過ぎない。


 俺の家は古くから続く暗殺を生業にしている一族だ。俺自身は歴史にあまり興味ないのだが、聞いた話では、その昔……、織田家に滅ぼされた今川家に仕えた忍びの一族の末裔らしい。今川家が滅亡後も、細々と歴史の裏側で暗躍をし続けて今に至っている。


 今のご時世に「暗殺」と聞いても普通は「そんなまさか……」と一笑に付されるかもしれない。だが今でも、政治家や要人、大企業の役員や芸能人の不可解な死に暗殺業は深く絡んでいる。表向きは、「事故」や「自殺」、仮に殺人でも、狂信者や錯乱した人間の犯行となっているものの裏側には俺たちのような人間の存在がある。


 暗殺を生業としている我が家で俺は、幼い頃からその英才教育を受けてきた。小学校卒業を機に「依頼」を引き受けるようになった。高校入学を控える今に至るまでで、すでに10人以上の人間を始末している。


 年齢と実績ゆえ、暗殺者の世界で俺は有名になっていた。生まれつき髪の色が灰色がかっていたことから「アッシュ・ザ・キラー」と呼ばれた。元は忍びの家系だというのにずいぶんとハイカラな通り名を付けられたものだ。


 俺には暗殺の才能があった。それは一種の特殊能力である。俺の暗殺一家には、稀に特殊な能力を備えた人間が生まれるという。まさに俺がそれだったわけだ。


 俺の能力は「憑依」。名前の通りで、他の生命体に乗り移り、意のままに操ることができる能力だ。もちろん、なんに対してもできるわけではなく多少条件がある。


 まず、自我が「無い」、もしくは「弱い」生き物に乗り移りやすい。簡単に言うと虫や動物には憑依しやすく、人間はむずかしい。ただし、同じ人間でも寝ている時や酔っぱらっていたりすると憑依しやすくなる。


 憑依すると、その生き物は俺の意志で動かせる。極端な例をあげると、動物園のライオンに乗り移って飼育員を襲って殺すこともできる。当然、ここに俺がやった証拠は一切残らない。まさに暗殺者のための能力、といえるだろう。


 ――とはいえ、万能な能力でもない。欠点は憑依中、俺の本来の体は無防備だということだ。一種の昏睡状態に陥ってしまう。そして、万が一にも憑依中に、憑依先の生き物が殺されようものなら俺の意識は元の体に戻れない可能性がある。そのため、安易に「虫」などの簡単に殺されてしまう生き物に憑依することはできないのだ。


 今回のターゲットは女子高生。その環境から俺に打ってつけの仕事といえるだろう。普通に学校生活を送りつつ、隙を見てなにかに憑依して始末する。証拠は絶対に残らない。簡単な依頼だ。


 ターゲットの名は「誉川 芽衣子」。不幸な女だ。彼女がなぜ殺しの標的になっているのかは知らない。俺たち暗殺者にとって、殺しの理由は、知る必要がない。ただ、俺に依頼が来たからには、この女に楽しい高校生活は訪れない。


 せいぜい、俺が手を下す「その時」までは、青春に心躍らせるがいいさ。

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