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 一方、亜須香は県警の伊達だてと組み、イベントに出店していた福祉事業所の管理者である富田に会いにいった。といっても電話をかけると「イベントの後片付け中」と言われたため、まほろば公園まで出向くことになった。

 車を降りて公園の入口に向かうと、「防犯カメラ作動中」と書かれたステッカーが目についた。亜須香がそれを指さして口を開きかけたが、伊達が先を越した。

「すでに刑事部長の名前で映像の提供を求めています。ただし今日は日曜で担当者が休みのため、返答が来るまで時間がかかるかもしれません」

 伊達はぽっちゃりした体型の持ち主で、年下の亜須香にも丁寧な口調で話した。目が優しげに垂れているため、さながらデフォルメされた布袋様のように見える。

 そして聞き込み対象である富田とみたは、刑事の訪問をあからさまに迷惑がった。職員とともに店の片付けをしながら、口は延々文句を吐き続けている。

「困ったもんですよ。ようやく始まったと思ったら警察が来て、女の子が行方不明だからその場を動くなって言うんです。まるでわたしたちが隠したみたいな言い草じゃないですか。結局イベントは中止になって、みんなで作ったお弁当も無駄になっちゃいましたよ」

 富田は足元に積まれた発泡スチロールの箱を見下ろして恨めしげに言った。亜須香が対応に困っていると、横から伊達が朗らかに言った。

「だったらそのお弁当、売っていただけます? 僕のところの捜査員、みんなご飯抜きで殺気立っているんですよ」

「は?」

 富田は刑事の正気を疑うような顔をしたが、伊達がニコニコ顔で財布を取り出すのを見て考え直した。

「まぁ捨てるよりいいですけど……。いくつお買い上げですか?」

「そうですねぇ。亜須香さんのところも持って帰ります?」

「え? ええ、ぜひ」

 話を振られた亜須香は慌てて言った。

「じゃあとりあえず二十人前で。栄養バランスが考えられているうえに量も申し分ない。捨ててしまうのは実にもったいないですね」

 伊達は心からの感慨を込めて呟いた。すると、富田はこれまでの態度を反省するように下を向いた。

「うちは小さい事業所なので工賃はそれほど高くありません。でも、このイベントのためにみんなで早起きして、心を込めてお弁当を詰めたんです」

「それはそれは、少しでも売り上げに貢献できたのなら幸いです。ところでこのお弁当を署に持ち帰る前に、ひとつふたつ聞きたいことがあるのですが」

 購入した弁当を亜須香に任せ、伊達は本題に入った。亜須香は五個ずつ分けて入れた袋を四つ、危なっかしげに近くのベンチまで運んだ。

「富田さんが店を出していたこの場所からは入口がよく見渡せます。イベントが始まった直後、何か気付いたことはございませんか」

「特に思い出すことはありません。なにしろわたしも他の従業員もお客さんの対応で忙しかったですから」

 富田はもとのつっけんどんな態度で返した。伊達は顔色ひとつ変えず、そうですかと鷹揚に頷いている。亜須香も聞き込みに参加しようと戻ってきたが、急いでいたせいか足元の石に躓いて転びそうになった。

「おっと、大丈夫ですか?」

 間一髪、伊達が体型に似合わぬ俊敏さで支えてくれた。その腕の力強さにポッとなり、亜須香は慌てて礼を言った。実際、伊達は県警一の性格イケメンと呼ばれ、あちらこちらにファンがいるという噂だった。

「……そういえば、あのときも似たようなことがありましたね」

 女性刑事のときめきなど意に介さず、富田が言った。

「開場のあとすぐだったと思いますが、人ごみに押されて転びそうになった男性がいたんです。うちの従業員が危ないって叫んで、わたしが振り返ったときには横にいた若い女性が腕を伸ばして支えていました。その仕草がとても自然だったので、若いのに感心だとみんなが言っていました」

「その若い女性というのはもしかしてこの人ですか?」

 伊達は懐から例の似顔絵を取り出して広げて見せた。すると、富田は迷いなく首を縦に振った。まさかこんなところで繋がるとは、亜須香は自分を躓かせた石に感謝したい思いだった。

「そうです。しばらく様子を見ていたのでよく憶えています」

「名前などご存じありませんか? 一緒にいた男性が誰かとか」

「さぁ……。この人が事件に関係しているんですか?」

 富田は上目遣いで探りを入れた。伊達は布袋様のような顔のまま、「それは申し上げられません」とだけ言った。

「わたしの印象では怪しい人物には見えませんでしたよ。むしろ同業者かと思ったぐらいです」

「同業者?」

 伊達と亜須香の声が重なった。

「人ごみで転びそうになった男性、白杖をついていたんです。視覚障害者が歩行のときに使用する杖のことですが」

「つまりこの似顔絵の女性は視覚障害を持つ男性と一緒にいた。そしてその甲斐甲斐しさは介護人に匹敵するほどであった。そういうことでしょうか」

「ええ。でもそうじゃないってことはすぐわかりました。同業者であれば首からネックストラップを下げるか、揃いの制服を着ているはずです。今していることが介護なのか虐待なのか、周囲に知らせる必要があるからです。勝手な思い込みで通報されたら困りますので」

 富田は最後まで不機嫌な態度を崩さず、店の片付けに戻った。亜須香と伊達は離れた場所まで移動し、今聞いたことを話し合った。

「見間違いってことはないでしょうか。富田さんの証言が本当なら、似顔絵の女性は誘拐グループの一員などではなく、ただのイベント参加者だったってことになります。それとも一緒にいた男性も共犯なんですかね?」

 おもいきって亜須香が仮説をぶつけると、伊達は細い目をさらに細めた。

「どの可能性も無下には否定できません。何しろ女性の素性はいまだ不明なまま、被害者との接点もわかっていません。被害者の親族の聴取は特殊班の担当でしたね。何か繋がりが出てくるといいのですが」

「うーん、だったらわたしたちはどうしましょう。地域を絞って視覚障害を持つ男性を捜してみますか? そう遠くから来ているとは思えませんし」

「今は車がありますからねぇ。闇雲に捜しても無駄足を踏むだけかもしれません。ここは同業の方に聞いてみるのが一番ではないでしょうか」

 ちらほら残っているイベントの出店者を見やり、伊達は穏やかに言った。

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