第四話 「人狼戦線」 後編












 私たちはソーリンの小屋に戻ると、戦利品を検分した。

 宝石付きのかぶと

 七分袖で、裾が長く膝の上まである鎖かたびら。

 金鍍金きんめっきの飾りがついた腰帯。

 片手剣の三尺足らずの刀身には、文字が刻まれている。


「アレも、元はあんたらの仲間だったの?」


 それらを見ながら、尋ねた。


「どうだろう。確かに武具は我らの首長が使いそうな物ばかりだ。けど首長やそれに近い有力者が迷宮に入った話など、聞いた事もない」


 ソーリンは首を振った。


「迷宮の深層に行くと、説明のつかない事が色々起きるんだよ。あそこは、ちょっと普通じゃない」


 ディーが言った。

 私たちはの思いにふける。

 やがて、ソーリンが、剣の平を膝に押し当てて両手で押した。

 一瞬、わずかにしなった剣が、折れも曲がりもせずに元に戻る。


「本物の"ウルフバート"だ。俺の剣に勝るとも劣らない業物わざものだよ」


 竜殺しの英雄は、見ほれたように溜め息をついた。

 それからソーリンはしばし考え込み、やがて顔を上げる。


「俺が最近ため込んだ物と、これらの武具を売れば、ひと財産になるはずだ。俺は一度、農場に戻ろうと思う。今からなら、冬支度を色々買い込んでも、海が凍る前に帰れる」

「大金を持って、旅するのは危なくないかい?」


 心配になって尋ねた。


「ここの商人は銀行もやってる。割符わりふをもらえば、俺の故郷近くの交易港で金を引き出せる」

「そうなんだ」


 まともな資産を持った事がない私には、そういう発想はなかった。


「冬は向こうで過ごすの?」


 ディーが尋ねた。


「そうだな。春になったら、また来る。ディーはどうする?」

「わたしは、いいや。こっちにいるよ。みんなによろしくね」


 そういう事になったようだ。


「じゃあ早速明日、商人の所に行こう。カスパーも来てくれ。いい機会だから、紹介する」


 立ち上がって、ソーリンは言った。

 それから彼は、寝床の下のしまっていた品々を、引っ張り出し始めた。




 都市の中心部。大通りに面した邸宅。

 間口十間ほど。

 基部の二階は石造りで、その上に木造で三階積み増しされている。

 素焼きの赤い屋根瓦。

 幅一間、高さ一間半ほどの入口は、開放されていた。

 ひっきりになしに、荷物と人足が出入りしている。

 ソーリンと私は、荷を積んだを連れて、中の広間に入った。

 商談や噂話をする、いくつもの人の輪。 

 壁際で大きな暖炉に火が入っているが、室内に煙が立ち込めてない。

 ソーリンは、そんな広間の中央に進み、悠然ゆうぜんとたたずむ。

 行き交う人々から、な目を向けられ、私は気もそぞろになる。


「なあ、ソーリン。これからどうするんだい?」

「向こうから声をかけてくる。待ってればいい」


 果たして、使用人らしき男が私たちに声を掛けてきて、上階に誘った。




 二間三間にけんさんけんほどの部屋に、案内された。

 窓には大きな硝子ガラスがはめ込まれ、部屋の中なのに大変に明るい。

 漆喰が塗られた壁。暖炉。絵物語が織り込まれた壁掛け。肖像画。

 白磁の陶器が並べられた飾り棚。黒光りする重厚な机。

 竜殺しの英雄は、これまた立派な背もたれ付の椅子に腰かけた。

 机の上にあった器から、砂糖漬けの乾果物ほしくだものをつまむ。

 私は、座る若者の後ろに立った。

 そうしたら、ソーリンが私の腕を引いた。


「座ってくれ。何、とって食われやしないよ」


 彼がそう言うので、私は肯いた。




 やがて、肌の白い年配の男が、部屋に入ってきた。

 毛皮の襟がついた、光沢のある天鵞絨びろうどの長衣。

 繻子織しゅすおりをたっぷりと使った頭巾を、かぶらずに頭に巻いている。

 その男は、頭巾を右手に脱ぎ、左足を引き、軽く膝をかがめてソーリンに目礼をした。


「ソーローブの息子ソーリン。勇者の息子。"竜殺し"。この度のご訪問、恐悦至極に存じます」


 ソーリンは、立ち上がってに肯いて見せた。


「ジュリアーノ。俺も、久しぶりに会えて嬉しい。田舎者ゆえ、不作法は許してくれ」


 商人と軽く抱擁するソーリン。

 ソーリンは、私を商人に紹介した。


「お噂はかねがね。二つ名から、私のような老人を思い浮かべておりましたが。これほど壮健な方とは、お見逸みそれしました」


 ジュリアーノ・デ・パッツィと名乗った豪商は、そう言った。




 大きな黒い机の上に、我々が預けた荷物の数々が並べられていた。

 今回の死人首長の装備の他に、ソーリンが迷宮で得た品々。

 角の生えた兎の、薫製。

 暗緑色の何かの、毛皮。

 一つ目の男の、大きな干し首。等々。

 ソーリンは、それらの品々の由来を一つ一つ説明していった。


「その魔羅まらは、獅子ししの頭と腕、わしの足、背中に四枚の鳥の翼と蠍の尾を持つ怪物のものだ。蛇のに似てるな」


 二股の肉棒の干物(ひもの)を机に戻して、竜殺しの英雄は話を終えた。

 干物には、無数の返しの棘が生えてる。

 話を蝋板に書き留めていた小姓の顔が、青白い。

 たぶん私も、同じような顔をしているはずだ。

 ジュリアーノは、大仰に両手を広げて天を仰いだ。


「貴方は、いつも私の器を試される」


 商人はしばし瞑目めいもくすると、ギョロっと目を見開いてソーリンを見た。


「帝国銀貨三千枚」


 ジュリアーノの口から、そんな言葉が出た。

 帝国銀貨は、普通の銀貨で十二枚から十五枚ぐらいの価値がある。


「それでいい」


 即答したソーリンに、ジュリアーノは恨めし気な目を向けた。


「もっとこう……利益を最大化しましょうよ。商売の味わいも何もあったもんじゃない」

「どうせ貴方以外、こんな物は取り扱えない。割符を作ってくれ」


 ソーリンは、そう答えた。




「もう少し、吹っかけた方が良かったんじゃ?」


 宿営地への帰り道、私はソーリンに尋ねた。


「いいんだ。あいつに頼るしかない以上、最後にはあいつの言い値だ」


 ソーリンは、肩をすくめた。


「他の商人じゃ駄目なの?」

「あれらは、どうせ買うのも王侯貴族だ。間にどんな海千山千の連中が入ってくるか判ったもんじゃない。少なくともあいつは、支払いはきちんとするし、毒も刺客も使ってこない」


 そんな風に、ソーリンは言った。


「それより、今からでも考え直さないか? ウルフバートが一番値が張ったんだから、あんたはもっと分け前を得るべきだ」

「これで十分だよ」


 懐に入れた巾着袋を、軽く叩いた。

 中で、普通の銀貨がじゃらりと音を立てる。


「オレにも、そんな大金から身を守る術はないからなぁ。そのパイは、ソーリンの息子たちにやってくれ。オレはオレで、自分のパイを焼くよ」

「そうか」


 ソーリンは、片方の口角を吊り上げて笑みを見せた。




 数人の供回りを連れたソーリンが、騎馬で街を旅立った。 

 彼らが森に入って見えなくなるまで、私は丘の上で見送った。

 森は既に、紅葉に色付いている。

 風に揺られる尾花も枯れ色を見せ、冬の到来を感じさせた。

 を返した所で、口に違和感を覚えた。

 舌先で、歯茎(はぐき)を探る。

 指先で触ってみれば、新しい前歯が生えかけていた。













商人ジュリアーノの豪邸のイメージ映像です

https://en.wikipedia.org/wiki/Albrecht_D%C3%BCrer%27s_House

取引をしている部屋は、こんな感じ

https://en.wikipedia.org/wiki/Solar_(room)


ウルフバートの描写に関しては、完全にでっち上げです。

どれくらい高品質なものなのか、そもそも学術的に実在が認定されたものか

よく分からなかったからです。

また、そもそもヴァイキング時代の剣は実用品としては低品質すぎたという話もあります。

ご紹介したヴァイキング剣術の動画も、眉に唾つけておいて下さい。




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