第24話:貴族の心遣い




 マリーズとジスランが婚約して、1年が過ぎた。

 ジスランは高等科へ進学し、マリーズは中等科の3年生に上がった。

 同じ学園内には居るのだが、広い敷地内なので会う事も無い。

 たとえ昼休みでも、会う事は無理な距離なのだ。


 マリーズは、解放感を味わっていた。

 休日以外は基本的にジスランに会わなくても良くなったからだ。

 マリーズは、背筋を伸ばした。

 顎を少し引く。

 淑女の見本のような立ち姿のマリーズが居た。



 髪を緩く巻くのが、マリーズ達世代では当たり前になった。

 最初はマリーズとミレイユだけだったのだが、仲良くなった他の四人も同じように巻き始め、それがクラスメートに広がり、気付いたら中等科女子の殆どがゆるふわな髪型をしていた。


 ハーフアップにしたり、一部編み込んだり、巻きの大きさを変える事も出来るし、多様な変化を付ける事も出来るのが人気になった理由だろう。




「おはようございますぅ、ミレイユ様」

「ごきげんよう、マリー様」

 いつものように朝の挨拶をミレイユと交わし、マリーズは自分の席に座った。

「ごきげんよう、マリー様、ミレイユ様」

 仲の良い令嬢達が二人に寄って来る。

 全員伯爵家の令嬢だ。


「皆様、デビュタントのドレスはもう注文なさいました?」

 一人の令嬢が目を輝かせながら言う。

 おそらく、自分が昨日注文したのだろう。

 最近クラスの令嬢の話題第1位は、圧倒的多数でデビュタントのドレスだ。


 高等科に上がってすぐに行われるデビュタントは、その年に16歳になる子女が正式に社交界へデビューする為の夜会だ。

 16歳の貴族のほぼ全員が服を仕立てるのだ。

 店では通常の貴族の服の作成もある為、1年前には注文を出すのが暗黙の……いや、貴族としての心遣いだった。


 15歳の貴族令嬢は、デビュタントまでは大きく体型を変える事は出来ない。

 縦に伸びるのは成長期なので仕方無いし、店側も考慮している。

 しかし横に膨らむのは、貴族令嬢として自覚が足りないと認定されてしまう。

 この時点で既に、社交界が始まっている。



「私は、ドレスの意匠だけは決めましたぁ。注文予約もしてありますぅ。ですが作成はもう少し後にして貰いますのぉ」

 マリーズはにっこりと笑う。

「あら、なぜ?」

 ミレイユが当然の問いをしてくる。

 早く制作を始めた方が、余裕があるので丁寧に作って貰えるのだ。


「成長しますでしょうぅ?」

 マリーズはそっと自分の胸に両手を当てた。

 実は前回、ドレスを早く作成したら、1年で恐ろしく胸が成長し、調整用に取ってあった縫い代も足りなくなったのだ。

 無理矢理布を巻き胸を抑え、苦しい思いでドレスを着た苦い思い出である。


「そうですわね!どんなに体型維持に気を使っても、身長とそこだけはどうしようもありませんわ」

 他の令嬢がマリーズへと同調する。

 店側もは考慮してくれるのだが、稀にマリーズのように予想以上に成長してしまう令嬢も居るらしい。

 無料で胸に巻く布をくれるのは、毎年そういう令嬢が数人出る証拠だろう。


「マリー様のエスコートは、勿論ジスラン様ですよね?」

 デビュタント時に婚約者の居る令嬢は、その相手がエスコートする場合が多い。

「いえ。一生に一度の事なので、父にお願いしました」

 語尾を伸ばす事も忘れ、マリーズは素で答えてしまった。



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