第6話「その頃アレスは」

 ~~~アレス視点~~~




 その日アレスは、朝から機嫌がよかった。

 かねてからの癌であったロッカを追い出すことに成功したのが嬉しくて、口笛など吹いて浮かれていた。


 元々アレスはロッカが嫌いだった。

 狩人五レベル如きで自分たちのパーティーについて来て、『生命感知』などという外れスキル如きで役に立ったかのような雰囲気を醸し出して。

 

 レベッカと同郷の幼なじみであるというのもムカつく原因のひとつだった。

 ふたりでアレスの知らない昔話をしている時などは本気で叩き切ってやろうと思ったものだが、早まらなくてよかった。

 

「あんな奴のせいで殺人に手を染めるのはあれだしな。あ~あ、しかしこんなに簡単ならもっと早くクビにしておくべきだったなあ~。ったく、あいつが存在した分だけ余計なストレスが溜まっちまったよ~」


 ロッカを一方的にクビにしたことも、ウソの罪状をでっち上げて他のパーティーに入れなくしたことも、アレスの中ではなんの罪も無い正当な行為として処理されている。

 A級冒険者たる自分は世界の中心に立つべき存在であり、人々からヨイショされるべき存在であり、ロッカのようなザコが自分の心にストレスを与えるなど万死に値することだ。

 心の底からそう思っていた。


「殺さず生かしておいてやるなんて、俺って心が広いよなあ~。ホント、自分の寛容さが怖くなるぜえ~」


 自分勝手な理屈をほざきながら、アレスはメンバーとの待ち合わせ場所に到着した。


 街一番の宿『銀の牡鹿亭』の外には、すでに仲間たちが集まっている。

 中位階神聖術をすべて使えるが、酒癖が悪いA級僧侶のハーマン。

 オーガとすら力比べが出来るが、脳筋で難しいことはわからないA級格闘家のニニギ。

 中位階魔法と一部の上位階魔法を使えるが、やたらと身なりに金のかかるA級魔法使いのレベッカ。

 ひと癖もふた癖もある仲間たちが、アレスの姿を目にするなり声を上げた。

 苦情の声を・ ・ ・ ・ ・


「アレスうぅ~、遅いわよ、もう~」


 大きなリュックサックに腰掛けながら、いかにも待ちくたびれたという風にレベッカ。


「ねえ、ちょっと揉めてるんだけど。どうにかしてくんない?」


「揉めてる? 何とだ?」


 レベッカによると──

 ロッカの代わりに雇った新たな荷物運びポーターのハゲ頭の大男のゲヴィンが仕事を拒否しているのだという。

 なんでも、ひとりのポーターが運ぶ荷物量ではないということなのだが……。


「ありえねえだろ。こんなにでっけえリュックサックをひとりで四つ持てとか。俺はトロールでもオーガでもねえんだぞ」


「はあ? ずいぶんと軟弱なことを言うんだなおまえは。以前雇っていたポーター(ロッカ)は、文句ひとつ言わずにひとりで運んでいたぞ?」


 みんなの期待を一身に浴びたアレスが当然のように言うと、ゲヴィンは思い切り眉をひそめた。


「ひとりでこの量を運んでいただあ? そんな化け物じみたことが出来る奴の話なんて聞いたことないが……ホントにうちの協会の所属か?」


「いや、ポーター協会の所属じゃない。俺らが直接雇ったんだ。エリチェ村って辺境から連れて来たんだが、最近クビにした」


 ロッカはゲヴィンに払う五分の一の額でも文句を言わずに働いていた。

 ということはゲヴィンがぼったくろうとしているのだ。

 こんなにたくさんは運べないなどというのは真っ赤なウソに違いない。

 

(俺らがA級パーティーだから、そのおこぼれに預かろうってんだろ。よくある手だ)


 内心でせせら笑うアレスだが、しかしゲヴィンは譲らない。


「ふうーん、直接ね。じゃあそいつがよっぽど優秀だったんだろうな。あるいはユニークスキルの力か」


「はあ? 適当なこと言うな。あいつのユニークスキルは『生命感知ライフセンス』だぞ」


「じゃあ一般スキル持ちなのかもな。それにしたってけっこうレアだが……。ともかく俺としてはこの量は運べねえよ。協会の規定の重量も余裕で超えてるしな。大人しく荷物を減らすか、どうしてもって言うんならもうひとり雇ってくれ」


「もうひとり雇うだと? バカな……っ」


 ロッカに払う額の十倍は必要な計算だ。

 そんなことを許すわけにはいかないと、アレスはゲヴィンをなんとか説得しようとするが……。


「嫌ならいいんだぜ? 俺は帰るだけだ」


「か、帰るだとっ?」


「そうだ。俺たちポーターは冒険者様の奴隷じゃないからよ。無理難題を吹っ掛けてくる依頼主に対しては断る権利があるんだ。文句があるなら協会に直接言ってくれ」


「な、な、な……っ?」


 ロッカをクビにしてから一番最初の冒険が失敗するというのはまずい。

 自分の判断が間違っていたのではないかという疑いがかかってしまう。

 それ自体はすぐに払拭ふっしょくすることが出来たとしても、不審の芽が残る。

 S級を目前とした彼ら『金水蓮』にとって、それは見逃すことのできないリスクだ。


「くっ……わかったっ。もうひとり雇おうっ。それでいいな? ふたりでなら運べるんだろう?」


 アレスは苦渋の決断を下した。

 ロッカに払う額の十倍の雇い賃はすさまじく痛いが、パーティーの今後を考えるならやむを得ないと、無理やり飲み込んだ。

 

「アレス、大丈夫? そんなこと言って……」


 レベッカが心配そうな声で聞いて来るが……。


「あーはっはっは! 大丈夫に決まってるだろう。俺たちを誰だと思ってる? A級冒険パーティー『金水蓮』がポーターふたりぐらい雇えなくてどうするよ」


 アレスは高笑いを上げた。

 ゲヴィンにもレベッカたちにも舐められてはならぬと、あえて強がり続けた。


 冒険出発前の、些細ささいな思惑違い。

 それが後々大きな禍根かこんとなるとは、この時のアレスは未だ想像すらもしていなかったのだ。

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