第20話 ” 伝えない言葉と気持ちは、諦めるのと一緒だよ ”


 はっ!はっ!はっ!はっ!


 はっ!はっ!はっ!はあっ!


 学校の正門を飛び出した遠峰は、必死に駆ける。


(バカだった!本当に僕はバカだった!)


 これから訪れるであろう、自分の片想いに鍵がかかる瞬間を思い浮かべながら。

 

 それでも。

 力が抜けそうになる足を奮い立たせて。

 踏み出した一歩一歩に、更に前に進む力を込めて。


 遠峰浩太は、全力で駆ける。


(雄二が言ってた。五年間、堀さんは好きな人を想い続けてきたって。僕と一緒じゃないか!堀さんに片思いしてきた僕なら、堀さんがどんなに悲しんでいるか真っ先に理解できていたはずなのに!)


「きゃ?!」

「ごめんなさい!」

「うわ!何だ?!」

「ごめんなさい!!」


 すれ違い、または追い抜きざまに驚く人々に頭を下げながら。

 拳を握りしめ、震える体を叱咤しながら。


 遠峰は、美海がいると教えてもらった公園へと駆ける。


(僕の気持ちも籠める。堀さんの片想いが、両想いになりますようにって!堀さんの好きな人に、気持ちが届きますようにって!神様!僕の大好きな人の幸せな笑顔を見せてください!その幸せな未来を……見せて……くだ……さい!)


 滲む視界を、袖で何度も拭いながら。

 遠峰は全力で駆けていく。





 一方、ベンチで肩を落とす美海は。

 俯いて涙を溢しながら、自分に問いかけていた。

 

(私……いいの?こんな所で泣いてて、いいの?)


 右に。

 左に。


 涙で濡れた目を彷徨さまよわせ、また閉じる。

 空を見上げた美海の、眉間がきゅうっ!とすぼまった。


(今日しかない。遠峰君の気持ちがもう誰かに決まっていたら。もうお付き合いする事が決まっていたら……五年間の大好きを、幸せだった気持ちを伝えられるのは、今日しかないのに)


 美海は、一つ一つ記憶を紐解いていく。




 通学路で歩く背中を見つけた時の嬉しさ。挨拶しようかどうか迷っているうちに学校に着いては、落ち込んだ。おはようって言えはしたものの、顔が見れずに心配をされた日もあった。


 テニスコートでボールを追う姿を、何度も廊下から眺めた日々。部員がコートの外に飛び出したテニスボールを拾いに来る度に、慌てて隠れた。


 雨が降った日の帰りは、玄関前でウロウロして相合傘を夢見た。

 逢えない日があれば、明日はいっぱい逢えるようにと願掛けをした。


 他の女子と話す姿に、知らず知らずのうちに唇をアヒルにして。彼女ができた、という噂が流れるたびに、芳乃と菜々子と一緒に駆け回った。


 柔らかい、温かい笑顔が好きだった。


 勉強や部活での、真剣な眼差しが好きだった。


 友達思いのさりげない言葉が、優しさが好きだった。


 たまに目が合った時の、照れ笑いが好きだった。


 毎日が幸せだった。


 毎日が楽しかった。

 

 毎日がドキドキだった。


 毎日が好きで溢れていた。

  

  

 

(芳乃、菜々子。お父さん、お母さん。みんなが、私の片想いを応援してくれた。でも)


 美海の頬を、つう、と流れる涙。




” 伝えない言葉と気持ちは、諦めるのと一緒だよ ”




(私がもう無理だって思ったら、諦めちゃったら……誰に応援されたって、好きって気持ちも!五年分の『ありがとう』も!届く訳ない!伝わる訳ない!私が私の背中を押してあげないで、頑張れ!って応援してあげなくて何ができるの?!立って!芳乃と菜々子やみんなが応援してくれてる!この五年間遠峰君を大好きだっただって、今日の私を応援してくれてる!)


 美海は握りしめたミニタオルをコートのポケットに入れて立ち上がり、自分の横にある紙袋を手に取った。


(今から……今から!やれる事を全部する!)


 自転車の前かごに紙袋を入れてタイヤのロックをを外した。


 そこに、遠峰が駆け込んできた。





「堀さん!」

「……遠峰君?!」


 走ってきた男子が遠峰とわかり、その頬の絆創膏に美海の目が点になる。

 

「遠峰君!ほっぺ、どうしたの?!大丈夫?!」

「あ、うん。大したことないから大丈夫。堀さん!これ……遅くなってごめん!」

「ああっ!」


 美海の泣き顔に顔を歪め、遠峰は美海のチョコを差し出し、深々と頭を下げる。

 美海は手を伸ばし、紙袋を両手で受け取って抱きしめた。


「遠峰君が見つけてくれたの?」

「あ……他校の先輩二人と僕で」

「あ、ありがとう!ドジだから落としちゃって……よかった、本当にありがとう」


 瞳を潤ませる美海を見て、遠峰は手を握りしめる。


「あ!と、遠峰君!中身………………袋の中身、見えちゃった?」

「見てないよ!紙袋の封も切れてないと思うけど、確認してみて?」

「朝と同じ!ま、まあ、遠峰君になら、見られても……」


 美海は手に持った兎のキャラ入りの紙袋の封が朝と同様に閉じている事を確認した。


(い、今!今だよ!このまま渡しちゃう!)


 いきなり訪れたチャンスに胸を弾ませた美海は、気合いを入れる。

 だが。


「あの!堀さん!」

「……あ。は、はい!」


 先に話を切り出され、言葉を詰まらせながらも遠峰を見上げる美海。


「本当は、本当は……もっと早く来れたんだ。堀さんに渡しに」

「……え?そ、そうなんだ」

「それ、本命のチョコだよね」

「………はうっ!!……うん」

 

 図星を衝かれてうろたえる美海だが、悲しげな表情をする遠峰を見つめる。

 

「早く届けなきゃダメだって思ってた。堀さんの所に行かなきゃって。でも……どうしても、足が進まなくなっちゃって……堀さんが困ってるのわかってたのに!」

「……!!」


 遠峰の顔がくしゃくしゃに歪んだ。

 零れ落ちる涙を、泣き顔を腕で隠す。


「堀さんが本命の人に告白する日に、ごめんなさい。でも堀さんならきっと両想いになれると思うから、今しかないから……堀さんの事、好きでした。ずっとずっと……好きでした。幸せになってください」


 その、言葉。

 遠峰の涙と一緒に溢れた言葉は。

 

 美海の心にも、零れ落ちて。

 震えが全身に広がっていく。

 

 美海は泣き続ける遠峰の、顔を隠す腕を掴んだ。

  

「遠峰君……私も、お話があるの。今……絶対聞いて、ほしいの」

「……?」


 その言葉を聞いた遠峰は腕を下ろした。


 そうっと。

 そうっと。


 遠峰の涙を、美海がミニタオルでぬぐっていく。

 

 そして。


 驚きに目を見開く遠峰に、唇を震わせながら。

 涙を溢しながら。


 美海は言った。


「このチョコは小学校からずっとずっと遠峰君の事が好きだった私からの、遠峰君のチョコ……です。ずっとずっと……大好きです。受け取ってもらえますか……?」


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