第5話 ええっ!嘘?!


 放課後、学校の玄関前。


 チョコを買いに行くという芳乃と菜々子をニコニコと送り出した美海みう


 正面玄関の外から下駄箱を眺めては通り過ぎたり、中に入っては廊下を行ったり来たりと、一瞬でも遠峰浩太とおみねこうたの下駄箱の列の人通りが絶えるのを、ただひたすらに待つ。


(今、遠峰君は部活の真っ最中。ここで下駄箱に入れておければ、今日か明日にはお手紙読んでもらえるかも。うう、緊張する!緊張しますっ!)


 兎のキャラが書かれた、チョコ入りの可愛らしい紙袋は美海のカバンに収まっている。


 右肩にかけたカバンの留め具を開けたまま左手を中に忍ばせて、チャンスを伺う。


(は、早く、途切れないかな。途切れたら、下駄箱をがちゃ!って開けて、ひょいって入れて、たたた……で行こうかな。がちゃ、ひょい、たたた。がちゃ、ひょい、たたた)


 イメージトレーニングをしながら、うろうろ、じーっ、を繰り返す美海の顔はほんのりと赤く染まっている。





 小学校、初めてのバレンタインの時。


『好きな人に手作りチョコを上げたい!』と気合を入れて、香月に相談した美海。


 だが。


『名前を書かないのなら、お店のにしとき?誰が作ったかわからない手作りチョコ、メッセージがあったって食べるのに勇気がいるだろ?』


 と言う香月の袖を掴んで、あああっ!あわあわ!と慌てた美海はそれから毎年、手作りのチョコの腕を上げつつも母の助言に従って市販のチョコを贈っていたのだ。


 そして、今年。美海は、バレンタインに告白する、と決めていた。



 中学から続けているテニスを高校でも黙々と続けて努力を重ね、一年生でレギュラーを獲得した遠峰。


 今どきの若者らしいラフな雰囲気に、フワリと柔らかい表情と不思議な透明感を持ち、誠実さや真面目さが滲み出る人柄に遠峰の人気は高まるばかり。


 彼女を作る気配がない遠峰に告白しては玉砕した、という女子達の噂を何度も耳にした美海。


 中学三年で遠峰と同クラだった美海は、モテる遠峰を羨ましがる男子に、『付き合うって、いまいちわからなくって……断るしかないよ、そんな気持ちで付き合うの申し訳ないし』と苦笑いする遠峰を何度も見ていた。


 中学の時は、遠峰にフラれた女子達の気持ちをおもんばかりつつも心の中でホッとしていた美海だったが、自分が告白しても同じようにフラれるだけだ……と思いながらも、好きな気持ちは募るばかり。


 年が変わり、バレンタインデーに向けて盛り上がっていくムードの中。


 ずっと追いかけていた小説のヒロインの恋の成就への感動と、告白の後押しをしたヒロインの親友の台詞が、美海の心を捉えた。




 伝えない言葉と気持ちは、諦めるのと一緒。




 この言葉に美海は、正に自分の事だと衝撃を受けたのだ。


 そして。


 ずっと応援してくれていた芳乃と菜々子にありのままの自分の決意を告げた美海は、様々な後押しとアドバイスを受けながら、手作りのチョコに想いを込めて今日を迎えたのだった。





 人通りが無くなった周囲に視線を巡らせ、辺りの物音に耳を澄ませた美海が遠峰の靴箱に駆け寄ろうとした。


(よ、よし!今だっ!)


 すると、そこに。

 笑いあって騒ぎながら近づく声が聞こえてきた。


(あんっ!もー!私がグズだからぁ!)


 そう悔しがった後に、慌てて別の下駄箱の列の陰に隠れた美海。


(……えっ?ええっ?!嘘!)


 カシャーン、バン、カシャ!

 カシャ!バン!カシャ!バン!


「あ、コイツ誰だ?もうチョコ入ってんよ!」

「川上の野郎だ!ムッカつく!もらっとくか?」

「いや、そこまではやめとこうぜ……悲しくなんだろ」

「くっそ!明日誰かくんねえかなぁ……はぁ。行こうぜ」


 たくさんの靴箱を開け、中を確認した後に去っていく男子二人。

 話した事はないが、美海が見た事のある違うクラスの生徒であった。

 

 いきなりの出来事に、足がすくんでしまった美海。


「これじゃ、チョコと手紙入れられないよ……」


 と肩を落とし、トボトボと家路についたのだった。

 


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