第12話 俺は今…大きな決断を求められている

 鈴里玄すずり/くろは幼馴染に対して、酷いことを言ってしまった。


 そのことを今、強く後悔していたのだ。


 あの時、どう対応すればよかったのだろうか。


 内心、店内から居なくなってしまった幼馴染について、悩んでばかりで心が息苦しくなる。




 今のところ、玄は喫茶店内にいる。


 有村夕ありむら/ゆうと二人っきりになった現在、玄の周りには気まずい空気感が漂っているようだった。


 玄はひとまず、同じ席に座っている彼女の様子を伺う。


「そうだ、何かを注文しない?」


 夕からの問いかけがあった。

 そして、玄はテーブル上にあるものを見やる。


「私、こういうのが好きかな?」


 夕はメニュー表へ視線を向けながら、食べてみたい商品を選んでいた。


 彼女は楽しそうであるが、玄はまだ心が曇ったままである。

 今のところ、ひとまず何かを注文しようと思う。


 けど、幼馴染と一緒に注文したものもあった。


 幼馴染がいないのに、テーブルに来ても、どうしようもない。

 しかし、大分時間が経っている以上、キャンセルとかはできないだろう。


 玄は彼女と共に、テーブル上に広げられたメニュー表を見る。


 実のところ、何を選べばいいのか迷う。

 そもそも、先ほど注文したケーキ類があるのならば、そこまで積極的に注文する必要性はないはずである。


 玄は、彼女とメニュー表を見ているだけで、注文はしないことにした。




「私はこれにしようかな」


 夕はようやく決めたようだ。

 彼女は、そんな発言をしながら、メニュー表のところを指さしていた。


「クロは何がいい?」


 彼女は聞いてくる。


「俺はいいよ。注文したのがあるから」

「そう? じゃあ、いらない感じ?」

「そうだね」


 申し訳ないが、断るしかない。


 そうこうしていると、女性店員がやってくる。

 店員はトレーの上に二人分のケーキを乗せており、テーブル前に到着すると、それらを玄の目の前のテーブルに置いていた。


 幼馴染がいないのに、ショートケーキだけがあるなんて複雑だ。


「すいません。ちょっといいですか?」


 夕は店員に対し、注文の意思を示す。


「今から注文いいですか?」

「はい。お伺いしますよ」


 女性店員はトレーを脇で挟んだ後、注文を注力するための電子機器を取り出し、夕の注文内容を聞き受けていた。


「それでよろしいですね」

「はい、お願いします。それと、私、あっちの方の席にいたんですが、ここに移動してしまっているんですけど大丈夫ですか? この人が私の知り合いだったので」

「あちらの席? はい、大丈夫です。こちらの方で処理しておきます」


 店員は礼儀正しく言った後、そのまま立ち去って行った。




 店内にいる人らの楽し気な会話のやり取りが聞こえてくる。


 けど、玄だけは、まだ心の中で迷走している感じだった。


 あの時、幼馴染のあとを追いかければよかったのだろうか。


 悩みこんでいると――


「ねえ、玄は、加奈のことをどう思ってるの?」

「どうって……」


 まだ、自分の意見をしっかりと言える状況じゃない。


 口からの発言が抑制されるかのように、言葉が口元で詰まっていた。


「というか、あの子って何かと面倒でしょ?」

「……そういうわけでは……」


 玄は言葉を濁す。


 幼馴染の事は、確かに好きではなかった。


 高圧的な態度が目立ち、積極的に関わりたいとは思えなかったからだ。


 けど、そんな態度を見せていたのは、自分の思いを隠していたからである。


 そういった理由があるのだ。


 実のところ、本当の意味で、玄は幼馴染の事を知らなかったのかもしれない。

 そう思うと、苦しくなってきた。




「そもそも、クロが告白を先延ばしにするからだよ」

「……」


 確かにそうであり、何も言い返せなかった。


「最初っから、私だけにすればよかったのに」


 夕は溜息交じりに言う。


 そうかもしれないが、幼馴染から急に告白され、もしかしたら和解できるかもないという、僅かな希望に委ねてしまったからである。


 元々、幼馴染とは決別する予定だった。

 それを急に変えてしまった、自分にも落ち度があるというものだ。


「そんなに迷うなら、私と一緒になった方がいいよ。その方が簡単でしょ?」


 夕は軽い口調で話す。

 彼女の思いを受け入れれば、簡単といえば、簡単である。


 本当はどこかで決めないといけない。


 ハッキリとした思いを、夕と加奈に伝えるのが、今求められていることだろう。


 それにしても、夕と付き合うという流れでもいいのだろうか。


 玄はふと、夕の方を見やる。


「ね、いいでしょ? 加奈のことは諦めてさ」

「……でも、すぐには決められないからさ、明日でもいい?」

「いいよ。でも、明日までね。絶対だから」


 夕は、玄の内面的な感情を早く知りたいといった瞳を見せている。


 うじうじもしていられない。


 タイミングを逃してしまったら、幼馴染との関係性も完璧に修復困難になってしまうだろう。


 そんなことが脳裏をよぎり、胸の内がギュッと締め付けられるようだった。




 夕の方を選ぶとか、幼馴染の方を切り捨てるとか。

 今のところ、大きく踏み切った態度を見せられずにいた。


 夕と、そんなやり取りをしていると、ついに先ほど注文した商品が届く。

 それらは、テーブル上に広げられるように、置かれるのだった。


 色鮮やかな商品の数々。

 夕が選んでいたのは、フルーツ系のケーキである。

 異なる果物がケーキの輝きを一押ししている感じだ。


「ご注文は以上だったでしょうか?」

「はい」


 夕は返答していた。


「では、ごゆっくりと」


 店員はそんなことを言うと、立ち去っていく。


「一緒に食べよ」

「うん」


 玄は頷いた。






「結構、よかったね」


 大体、お腹は満たされた気がする。


 夕は満足したようだ。


 最終的に、喫茶店から出ることになった。


「じゃあ、どうする?」

「どうするって?」

「私の家にくるかどうかってこと」

「いや、そんな気分じゃないからさ」


 玄はそう言葉を切り返す。


「わかったわ。じゃあ、明日の返答楽しみにしてるね♡」


 夕は笑顔を見せてくる。


 途中まで移動した後、二人は別れることになった。




 はあぁ……こんなのでよかったのか?


 玄はそんなことを思いながら、自宅に向かって歩いていた。


 そんな中、七野加奈ななの/かなの家の前に辿り着く。


 彼女の家とは結構近い。

 だから、家に帰る途中、確実に彼女の家が視界に入るのである。


 でも、さっきの件があり、彼女の家のインターフォンを押すとかはできなかった。


 そういう気分じゃないというのもある。


 玄は悲しい気分になりながらも、自宅の方に向かう。

 そして、自宅玄関の扉を開け、家の中に入るのだった。

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