竜の都に迷い込んだ女の子のお話

山法師

第一章 そこは竜の都

一話

 ここは惑いの森。魔除けの香を焚き、高等な術師の先導を付けなければ、抜けることはおろか一歩入ったら帰ることすら不可能な所だ。


 そんな場所に一人で、ふらふらとさ迷う影があった。


 亜麻色の髪を編み込み、淡いグレーのシンプルな膝丈ワンピースを着て、黒のエナメル靴を履いた、おおよそ森への装いとは思えない格好。しかもだいぶ歩いたのか、足元からワンピースの裾まで土汚れがついていた。


「お姉さま達は……森を抜けた頃かしら……」


 その少女はぽつりとそんな事を言い、上を向く。木々の葉に遮られ、僅かに陽光が覗くかどうかという、今までと同じ#景色__もの__#が見える。


「やっぱりどこも、空は見えないのね……」


 これじゃ太陽の向きも、夜になったって星空も見えないわ。

 そう続け、今度は下を向いてしゃがみ込む。


「お腹……空いた…………」


 しゃがんだ事でワンピースの裾はより汚れていく。いつもなら、こんな事をすればすぐに母に注意される。だが、今は独りだ。力のない者が入ればたちまち命を落とすと教えられた、#惑いの森__こんな所__#で独りだ。


「……ぅ……ふ、ぐうっ…………」


 少女の頬を涙が伝う。怖いのか、寂しいのか、はたまた空腹に寄るものか。

 と、近くの茂みと木立が揺れた。


「?!」


 少女は勢い良くそちらを見る。一瞬、もしかして迎えが……と思った所で、それはないだろうと考えを打ち消す。では、なんだろう?


「……獣……魔物……っ」


 その可能性を思いつく。途端に恐ろしさが足元から這い上がってきた。少女は怯えるように茂みを見つめながら、少しでも離れようと後ずさっていく。

 茂みと木立の揺れは大きくなっていく。音が近づく度、少女は震えた。

 そして、木立と茂みの間から、煌めくようなそれが見え、


「! ……ひと?」

「ん? なんだ、お前は? ……お、おいっ?」


 そこで少女の意識は途切れた。



     ◆



「なんなんだ……」


 目の前で倒れた少女を一瞥し、男は呟く。

 ドレープのあるゆったりとした衣を纏い、足には革のような、蔓のような物で編まれた沓を履いている。


「迷い子ってやつか?」


 戸惑うように、自身の、碧に煌めく銀の髪を掻きあげる。


「……流石に、なあ」


 誰にともなくそう言うと、その長身の男は少女を抱き上げた。


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