第4話

 翌日、昼食時間を跨いで臨時の捜査会議が開かれた。飛燕ひえんの遺体が発見された沼の近くから犯人のものと思われる足跡が発見されたからだ。それから推定される犯人の体重は四十四から四十五キロ、靴は女性用のパンプスで二十二センチ。つまり標準体型のだ。毒人参か推理した通りだが、今はどうでもいい。


 体型的に近い九重ここのえ葛子かつこが第一容疑者に浮上した。だが、その九重と連絡がつかない。インターホンを押しても返事が無く、不在の可能性が高いと他の捜査員が報告した。逃亡の可能性を視野に入れ、逮捕状の請求の検討が始まる。


 長机に並んで座っている私と先輩の間に言葉はない。今朝ここに出勤してから、私は先輩からのSNSにもメールにも返事をしていない。勿論、意図的にだ。タイミング的にそうしないといけない。だって……。


「おい、おまえら、昨日は何していたんだ。どっちも電話したのに出ねえとか、あり得ないだろ。捜査中だぞ」


 後ろの席の毒人参ドクニンジンが小声でそう言ってきた。呼気が強烈に酒臭い。しかめつらで少し振り返った立浪先輩が小声で答える。


「昨日は、僕と月下が帰宅する番でしたから、自宅で寝てましたよ。そう言う漆原さんこそ、飲んでたんですか」


 嘘ばっかり。昨夜、私と先輩はホテルで一夜を過ごした。仕事帰りに先輩から食事に誘われて、その後にホテルへ直行。我を忘れて二人で乱れまくった。たぶん、先輩が望むことは全部してあげられたと思う。その後、終電でそれぞれ帰路についた。


 今朝出勤すると、先輩は私に何度かメールしてきたけど、こういう時はこたえずに突き放した方がいい。既読にもしていない。明日の夜まではきっぱりと突き放すのだ。そして、明日の夜にまた激しく体で応えてあげる。緩急をつける事が大切。これで先輩は私に夢中になる。きっと。


「仕事だよ。交通課の奴らと飲んでたんだ」


「交通課? どうしてですか」


「まだ報告できるレベルの情報ではないが、飛燕ひえん総一郎そういちろうのスポーツカー、あれが街中まちなかを暴走している動画をネット上で見つけた。だが、交通違反歴はゼロだ。妙だろう」


「動画って、いつのですか」


「四か月ほど前だ。その後急に改心して模範的なドライバーになったとは思えん。何かあると思って……」


「おい、そこ!」


 前列の首脳陣から注意された。二人とも口をつぐむ。


 私と先輩は改めて昨日の九重葛子からの聞き取り内容を報告した。続けて九重葛子が経営している会社に向かうよう指示される。


 午後一時前に会議が解散となり、捜査員たちは軽く軽食を腹に入れてから出かけることになった。私と先輩は隣り合わせの事務机で黙っておにぎりを頬張った。会話はない。先に食べ終えた私は、独り地下駐車場へと向かい、車の中で立浪先輩を待った。


 立浪先輩はなかなか下りてこなかった。不安になった私はスマホでメールを確認した。


 メールを読んでいると、助手席のドアが開けられ、立浪先輩が乗り込んできた。深刻そうな顔で黙ってシートベルトを締める。


 やっぱり、そうか。


 私は小さく息を吐いてからエンジンを掛けた。

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