第10話 夫婦の魔法

 俺は父と母が会話をしているのをあまり見た記憶が無かった。お互いに外にいる時には普通に話しているのに家の中では一言、二言。「おい」と「なあ」と「あぁ」だけだった。

 でも不思議と母はそれだけで伝わり、父もまたそれだけでいろんな事を伝えていた。「おい」で出てくる醤油。「なあ」で準備されるお風呂。また「おい」で出てくるお酒。言葉数は少ないそんな家庭の環境は決して悪いわけではない。むしろ俺に対しては父も母も良く話しかけてくれて、また話を聞いてくれていた。

 だから「おい」とか「なぁ」とかの言葉を交わすのは父と母だけであり夫婦とは、むしろそう言うものだと思っていた。



 そして今日、俺はそんなことを思い出し妻に向かって両親のように話してみた。


「なぁ」

「  」

「なぁってば」

「  」

「おい」

「私はおいではありません」

「はい。すみません」

「言いたいことはちゃんと言いなさい」

「はい。すみません」

「それで何?」

「お酒が欲しいです」

「駄目です」

「はい」


 そして俺は妻の冷たい顔を見て、あの言葉はうちの両親だから、夫婦だから伝わる魔法だと知った。





 了

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