第15話 模擬戦

 悪役対策局セイクリッド第十二課テミスの拠点は、外見の印象に比べて中が想像以上に広い。

 ユウカ曰く、特殊な建築技術を使用しているのに加えて、悪望能力によって空間を拡張しているとのことだった。


 エイスケは今、四階の広い模擬戦用の訓練室にいた。三階建てのビルなのに四階って何? と思ったが、深く考えないことにする。悪役ヴィラン同士の模擬戦で使用される想定の部屋のため、部屋の中には何もなく、白い壁にポツンと壁時計だけがかかっている。


 その訓練室で、エイスケは悪役ヴィランと戦っていた。


 エイスケを飛来する剣が襲う。本来いるはずの剣を持つ戦士はおらず、剣だけがただ宙に浮いてエイスケに迫る。剣士の代わりに剣を操るのは、遠い間合いで柔和な笑顔で立っている老執事だ。ユウカ・サクラコウジの執事にして護衛、ローマン・バトラーである。


「ほっほっほ。我が『忠誠の剣』の悪望能力。受けきれますかな?」


 『不可侵』の障壁を出して『忠誠の剣』の剣を弾くが、弾かれた剣は再度エイスケに狙いを定めて襲ってくる。

 ローマンの『忠誠の剣』の悪望能力は剣を自在に飛行させて対象を狙い続ける。受けても避けてもエイスケへの攻撃が途絶えることはない。なかなか厄介な悪望能力だった。


 この手の遠隔操作型の悪望能力は、本人を叩くのがセオリーだ。模擬戦だからと言って容赦はしない、エイスケは『忠誠の剣』の剣を拳で叩き落とすと、剣が再度浮き上がる前にローマンに向けて駆けた。しかし。


「エイスケ!?」

「グボッ!?」


 ハルの驚いた声と共に、エイスケの身体に衝撃が走る。どうやらハルも同じタイミングで仕掛けようとしたらしく、完全に軌道が重なってエイスケとハルは衝突、絡まりながらもんどり打って転がった。

 立ち上がろうとするが、その前にエイスケの喉元にローマンの剣が突きつけられた。


「そこまで!」


 試合終了の合図が響く。

 試合を監督していた第十二課テミスの課長シンリ・トウドウが、エイスケとハルの負けだと判断したのだ。


「何をやっているのですか? あなた達は?」


 呆れたような声で銀髪の少女が近づいてきて、倒れているエイスケとハルを見下ろしてくる。少女はローマンと同じように黒い執事服を着ていた。ユウカのもう一人の執事、アレクサンドラ・グンダレンコである。


「二対二の模擬戦で仲間の足を引っ張る人間がいますか」


 そう、ハルとエイスケはタッグを組み、ローマンとアレクサンドラを相手にした二対二の模擬戦をしていた。正規のバディとして組んだエイスケとハルの訓練のために模擬戦をしているのだが、結果は散々であった。一対一ならそこそこエイスケは健闘するのだが、ハルと組んだ瞬間に四連敗、全敗である。


 とにかく息が合わない。エイスケが攻めようとするとハルが受けに回って孤立し、エイスケが受けようとするとハルが攻めて一対二になる。たまに二人とも攻めたと思ったら先ほどのようにぶつかり、転がるはめになる。これなら二人じゃなくて一人で戦ったほうがマシかもしれないと、エイスケは諦めかけていた。


「ローマン、サーシャ、流石ね! わたしの自慢の護衛だわ!」

「ほっほっほ、桜小路家の『忠誠の剣』に敗北はございません」

「ワタシにはもったいないお言葉、ありがとうございます」


 模擬戦を見学していたユウカが自慢気な声でローマンとアレクサンドラを褒める。二人も悪役ヴィランだが、悪役ヴィラン嫌いのユウカも、執事たちには気を許しているように見えた。


 それにしても、桜小路家の総帥の護衛を務めるだけあって、ローマンもアレクサンドラも強い。桜小路家が抱える三千人の戦闘執事・戦闘メイドの上澄みがユウカの護衛につけると言う。『忠誠の剣』の悪望能力、『雷光』の悪望能力、共に味方としては頼もしい限りだったが、こんなに連敗すると多少は悔しい気持ちもある。


 アレクサンドラがこちらを見て鼻で笑う。


「あの程度の悪役ヴィランに、ユウカ様の執事が負けるはずありません」

「おい、今、僕の『正義』を下に見たか?」

「アナタ、上下を比較できるほどの領域にいないでしょう」


 ハルとアレクサンドラが睨み合う。アレクサンドラは妙に悪役ヴィランに対して横柄な態度を取る。ハルも似たようなものなので、この二人を会話させるといがみ合うのが常だった。

 このまま放っておいても良いが、ハルを止めないと最終的にエイスケにも飛び火しかねない。


「おいやめとけハル、シンリがこっち来るぞ」

「む」


 シンリの名前を出すとハルは大人しく従った。


 シンリが眉間を揉みほぐしながら近づいてくるのを、エイスケとハルは姿勢を正して待つ。チーム戦での敗北を何度も繰り返したせいで、だいぶ説教を受けるのに慣れてきてしまった。


 シンリはエイスケたちの前に来ると、眉根を寄せて、模擬戦によって乱れたエイスケの服装を整えはじめた。きっちりと整えると、次はハルにも同じようなことを繰り返す。やがて満足いくクオリティになったのか、「よし」と呟いてから、改めて説教を開始する。


「いいか二人とも。悪役ヴィラン犯罪者は単独行動が多い。対悪役ヴィランに二人以上の悪役ヴィランで当たれるのは我々悪役対策局セイクリッドの明確な強みだ。チームワークが重要なんだ。そのために、バディを組んで模擬戦を行っている」


 同じ説明を何度も繰り返し聞いているが、シンリは説明に飽きるそぶりを見せない。根気強く、相手が理解するまで何度も言い含める。


「まずはハルだが。仲間を気にしなさすぎだ。エイスケがローマン殿に苦戦しているのになぜフォローに入らない?」


 自分は悪くない、とばかりにハルはムッとした表情で押し黙る。


「ハッ、言われてるぞ、ハル」

「エイスケ、君もだ。二対二の模擬戦であるにも関わらず、君は一人で二人に対処できる立ち位置を常に意識してるな? だから味方の存在を忘れてぶつかることになる」

「あー、悪かったよ」


 指摘が的確なのでバツが悪い。悪役対策局セイクリッドに加入する前は、単独で裏社会の仕事を請け負っていた。どうにもチームワークというやつに慣れない。エイスケとてチームワークの重要性は理解しているが、やろうとしている、と実際にやる、の間には大きな隔たりがある。


「言われてるぞ、エイスケ」


 シンリに説教されているエイスケを見て、ハルが笑いながら追い打ちをかける。


「だいたいさー、エイスケがやっぱり悪いんじゃないのか? バディの基本ってものが分かってないんだよな」


 こいつ……。エイスケがバディに慣れていないのは間違いないが、それにしたって悪役対策局セイクリッドでの任務に慣れているはずのハルのほうも相当にひどいのは確かだ。現に、さきほどアレックスと組んで戦っていた時も、エイスケと組んでいる時と大差なかった。


「ハル、お前、さっきアレックスと組んだ時も連携がボロボロだったじゃねえか!」

「いや、アレはアレックスが悪い。バディの基本ってものが分かってない。そうだよな? アレックス。その通りだと言え」


 エイスケの反論にハルは開き直った。壁際で休憩していたアレックスがギョッとした表情をしたあとに逡巡し、しかしハルの言葉を肯定する。


「……はい! その通りであります!」

「アレはハルが悪いだろ。アレックスくんもちょっと返事に躊躇ったじゃねえか」

「お前、ハル先輩の言うことを否定するのでありますか?」

「シンリ、あんたのところの部下の教育どうなってるの?」


 アレックスは普通に話すぶんには普通に良いヤツなのだが、何故かハルを神聖視しているため、ハルが絡むと途端にややこしくなる。アレックスに睨まれながらエイスケは冷や汗を流す。呆れたようにシンリが注意した。


「パワハラはやめろ、ハル。アレックスも間違っていると思ったら間違っていると言っていい」


 注意されたハルはいっそう不機嫌になると、ふてくされはじめた。


「そもそも僕はバディを組むの自体が反対なんだよな。悪役ヴィランなんてクズさ、僕以外はな。君たちは少しクズの中ではマシなクズってだけだ。組む価値は感じないね」

「おいハル、言いすぎだぞ」


 『正義』の悪役ヴィランという名乗り上げを聞いた時から薄々感じていたことだが、ハルは自身が悪役ヴィランでありながら、他の悪役ヴィランを嫌っている節がある。

 しかし、悪役対策局セイクリッドの特別捜査官は悪役ヴィランで構成される。この場にいる人間もユウカ以外は全員悪役ヴィランだ。行き過ぎた発言を看過することはできなかった。


 それに、なぜだかハルに言われるのは腹が立つ。


「僕一人で犯罪者は全員捕まえる。エイスケ、君のそのくだらない悪望の出番はないぜ」

「ハル。言い過ぎだってのが聞こえなかったか? お前は耳まで小せえのか?」

「誰が足元で歩くアリのように小さいって?」

「お”?」

「あ”あ”?」


 威嚇してにらみ合うエイスケとハルの間にシンリが割り込む。


「双方落ち着け」


 シンリの冷静な声に釣られ、エイスケは自分が熱くなっていたことに気付いた。らしくない。罵倒されてもふらふらと揺れて揉め事を避けるのがエイスケのやり方なのに、これでは何だか正面からぶつかってしまっているではないか。

 なんだか気まずい。


「あー、悪かったよ。ちょっと外出てくるわ」


 人と会う約束の時間には早いが、寄り道をして少し頭を冷やすとしよう。エイスケはそう考えると、そそくさと第十二課テミスの拠点を後にした。

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