24話 ライブハウスツアー最終日②

(……え、マジでなみっぴさんだよね!?)


 舞台袖に戻って客席側にカメラを向ける。

 最近のスマホは高性能で、場合によっては肉眼よりもはっきりと映像が残る。

 狭いライブハウスの最後方にいたのは間違いなく池田笙胡オタクの1人、私がオタクオフ会で出会った『なみっぴさん』その人であった。

 実は先ほど後方からライブを鑑賞していた際に彼女らしき人を見かけ、もしかして……と思ったのだが、まさか本当になみっぴさんだったとは……。


(でもなみっぴさん……どうしてここに来たんだろう?)


 もしかしてなみっぴさんはWISH以外の地下アイドルのオタクも兼任していて、今日の出演者の中に目当てのアイドルがいたんじゃないだろうか?……などと一瞬考えてみたが、普通に考えてその可能性は低いだろう。

 WISHアンダーのゲリラライブはネット上で「次の出没地点はここじゃないか?」とあれこれ噂されていた。そうした話題を受けて今回の出演場所を予測して、なみっぴさんは会場に足を運んだに違いない。


 多少救いなのは彼女が1人だったという点だ。もし彼女が多数の笙胡オタクやWISHのオタクを引き連れて来ていたら、現場の雰囲気はぶち壊しになっていた可能性がある。

 あ、や、もちろんそれだけWISHや笙胡を熱を持って応援してくれることはとても嬉しいのだけれど……元々のファン以外の場所でライブをするのが今回の企画の狙いだし、会場をWISHのファンが埋め尽くすようなことになってしまっては、他のグループのファンの人たちからは非常に反感を持たれるだろう。「売れているメジャーアイドルがその規模にモノを言わせて地下アイドルの現場を荒らしに来た!」という構図は微塵も感じさせてはいけないのだ、と私は思ってこの企画を進めてきた。 

 WISHのアンチを増やすとかそういう次元の話ではなく、他のアイドルに対して単純にリスペクトのない行為だからだ。そんな事態になってはそもそもこの企画自体が失敗だった……という話にもなり兼ねない。

 まあ、ともかくなみっぴさん以外にWISHの現場で目にしたことのあるオタクは見つからなかったので、多少安堵することが出来たというわけだ。




「はい~、ということでWISHでした! 急な無理を聞いて出演を承諾してくれたライブハウスの方たち、それに共演してくれた出演者のアイドルの皆さん! 本当にありがとうございました! この後も素晴らしいグループが出演されるので是非とも最後まで楽しんでいって下さい! ありがとうございました!」


 気付くとWISHのステージは終わっていた。

 最後の笙胡しょうこのMCもとても清々しく聞こえたのは、単にこの企画が今日で終わるということだけが要因ではないだろう。この2か月ほどのアウェイのステージを通してファン層を広げてきたこと、そして何より自分たちの成長を実感しているということの表れなのだろう。




「WISHの物販やってま~す。今日の記念にチェキはいかがでしょうか~?」


 ライブはまだ続いていたが、私たちは並行物販を行っていた。

 ライブと並行して行うから並行物販……地下アイドルの対バンでは頻繫に行われる方式のようだ。


 物販というものが地下アイドルにとっていかに大事か、ということもごく最近になって知った。チケット代というのはほとんど運営の収入にはならず、物販で売り上げを上げて初めて何とか赤字を防げる……という運営がほとんどのようだ。

 実はこの点はWISHのようなメジャーアイドルも似ている。大きな会場でのライブは万単位のお客さんが入り、チケット代で大儲け……のように思われるかもしれないが、会場費用や設営や運営のスタッフも膨大な数を雇わねばならず、ほとんど儲けと呼べるようなものはない。場所によっては赤字になることもザラだ。

 そんな中でも何とか黒字の運営が成立してライブを続けられるのは同様にグッズやライブDVDなどの収益による。……皆さんも推しのグループのライブを観続けたいと思うなら、少しでもグッズを買って運営を潤してあげて下さい。


 まあそんな訳で(?)、私たちも普段は行わない地下アイドル方式の物販を行ってみたのだ。

 WISHのグッズやCDも幾らかは準備してきたがそれは数に限りがある。やはりメインはチェキと呼ばれるインスタントカメラによる記念撮影だ。物販に来たファンが好きなメンバー1人と2ショットのポーズを指定して記念写真を撮り、その間少しだけメンバーとお話が出来る……というものが基本だ。

 こんなことは普段のWISHのイベントでは行わない。握手会も厳格な警戒態勢を敷いて行われるのが常なのだ。実際にとち狂ったファンによりメンバーに危険が及ぶことも何回かあった。こうした地下アイドル方式の物販では何かあった時に対処がしにくい。だから私は反対していた。


 だけどこれを「やってみたい!」とメンバーの方から言い出して来たのだ。

「郷に入っては郷に従えでしょ?」

 と言い出して来たのは笙胡だった。

 多分メンバーとしては他のグループが物販でファンと交流しているのを横目で見て、楽しそうという気持ちと、ファンサービスをしたいという気持ちが刺激されたのだろう。

 私は前述のような安全上の問題から悩んだが、数回前のゲリラライブからメンバーの要望を受けて実施することにした。

 「郷に入っては郷に従え」という言葉がその通りに思えたのだ。

 安全上の問題を言えば当然他のグループもそのリスクを背負っているわけで、私たちだけが特別視される理由はない。それよりも今までして来なかったことをしてみること、新たな刺激をメンバーに与えることで、成長を促すにはまたとない機会かもしれないと思えたのだ。どんな刺激がメンバーの成長につながるかはやってみるまで分からないのだ。

 


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