40話 炎上姫

 その後も度々そうしたことが続いた。

 はるぴよにはそうした才能があったのだろう。どうもそうとしか思えないのである。はるぴよ自身はもちろん炎上して注目を集めようなどと言う意図は微塵もない。

むしろ炎上する度に「もう二度とこういう形で注目を集めるのはゴメンだ! なんなら動画が多少面白くなくなって再生回数も登録者も多少減っても良い! そんなことよりも可能な限り炎上は勘弁して!!」と誓うのだが、何かある度に炎上を繰り返してしまうのである。

 火のない所に煙は立たぬとか言うがあれは嘘だ。




(……いや、これ私の言葉遣いとか配信内の行動とかでどうにか出来ることじゃないんじゃない!?)


 何度も何度も意図せず繰り返す炎上を経てはるぴよはようやくそのことに思い至った。

 はるぴよは至極まともにダンジョン攻略を進めているだけである。

 しかも真面目で几帳面な性格のはるぴよらしく、配信の構成も判で押したようにカッチリしている。

 まずはこれから臨む階層について事前に集めた情報を視聴者に伝える。今までは行き当たりばったりでの攻略しかしてこなかったが、それでは人気配信者に入ろうという自分の立場上(もちろんまだまだ人気配信者と呼べるほどの地位では無い)相応しくないと反省したのである。

 それから新撰組3人に攻略の意気込みや自信などを尋ねる。もちろん彼らは視聴者に対するサービス精神などほとんど持ち合わせていないから、最初は視聴者も物足りなさそうな反応が多かった。だがある時から「この塩対応が良い」という風にコメントの潮目も変わったのである。何にせよ継続してゆけば視聴者の理解が追い付くこともあるということなのだろう。


 実際の攻略が始まってからの配信も実に分かりやすいものであった。

 このフロアの敵の解説、新撰組3人の動きの解説、そしてサポート役に回ることの多い自分の役割についても丁寧に解説を交えた。

 もちろんこんな悠長に解説をしながら攻略が可能であったのは、新撰組3人の圧倒的な実力による。フロアが30階~35階と進んでいってもまだまだ3人は戦闘に余裕がありそうだった。おかげで攻略は楽だったが、はるぴよ自身のレベルは攻略階数に比したほどには上がっていなかった。

 だがこうして自分の立ち位置や視聴者が求めるものを整理して配信を重視して攻略していったおかげで、戦闘における自分の立ち位置や役割も客観的見方で整理することが出来るようになっていった。


 まあつまりはるぴよは視聴者ファーストとも言える、非常に分かりやすさを重視したチャンネル運営を心掛けたのである。

 これには彼女の慶光大卒の頭脳が生きた。

 日本最高学府の出身とは言え、はるぴよは自らが天才ではないことを骨身に染みて知っている。だがそれゆえに一般の視聴者が何を求めているかが容易に想像出来るのである。

 おかげで「最近ダンジョン攻略配信を見るようになった」という視聴者も多く含め、新たな視聴者をはるぴよチャンネルは確実に獲得していったのである。




 だが……はるぴよがこんなにも涙ぐましい健全なチャンネル運営をしているのにも関わらず、訳のわからないアンチコメントが不意に湧くのである。


〈え、何を普通の顔して配信してるんですか? シニチェクにはいつ謝るんですか?〉

〈あのさ炎上女さん? アンタの踏み台になったシニチェクは一気に登録者が減って、最近は明らかに元気ないんですけど? シニチェクがもし配信辞めるようなことがあったらリアルのアンタを探し出して落とし前付けてもらうからね? 覚悟しといてね? キャハ!〉


(……いつまでそんなこと言ってるんだよ!)


 もちろんはるぴよはそんなコメントを無視する。どんなに過激な長文アンチコメントが続いてもさして気にならないような精神的耐性はすぐに形成された。

 だけどいくらはるぴよ自身が無視していても、それに対してはるぴよの忠実なファンが過激な言葉で反応して応戦してしまうのである。


〈いい加減にしろよ! 売れ残りクソBBAども! 他人のチャンネルに粘着してアンチコメント送る労力をもう少しまともな所に向けろや!〉

〈マジでこういう害悪まき散らす系の妖怪クソBBAにはなりたくないです……こういう人たちって何が楽しくて生きているんだろうね?〉


 これだけアンチが増えたのはやはり違法動画の転載のせいだろう。

 シニチェクと絡んだ例の動画はアーカイブを残さなかった。だが視聴者が本人たちの許諾も得ずにあらゆるサイトに動画を拡散してしまうのである。

 それもご丁寧に短く編集までしてである。大抵の視聴者は30分も1時間もある本篇の動画を全部見るなんていうまどろっこしいことはしない。1分ほどに悪意をもってまとめられたショート動画を見てはるぴよという人間を判断するのである。




(……まあ、そのおかげで明らかに登録者も視聴者も段違いに増えてるからなぁ……受け入れなきゃいけないのかもね……私1人のチャンネルっていう感じでもなくなってきちゃったし……)


 もちろん配信者は不適切だと判断したコメントを削除することも出来る。だがアンチコメントだけにすぐに削除というのは膨大なコメント欄を考えると現実的ではない。

 かと言ってコメント欄を完全に閉ざすというのも得策ではない。アンチもはるぴよ擁護派(その中には純粋にはるぴよのファンというよりも、アンチを攻撃したいだけの層も一定数いるが)もいるから盛り上がり、現実問題として一気に登録者も試聴数も増えたのである。


(……元々は私のチャンネルだけど、もう私のチャンネルじゃないみたいだな……)


 ふと冷静になったはるぴよが思ったのはそんなことだった。

 元々ははるぴよが純粋にやりたいからやっていたチャンネルだった。視聴者の多寡は正直言えば二の次で、ただただダンジョン攻略配信者への憧れから始めた趣味みたいなものだった。

 だけど3人の新撰組を仲間にして人気が徐々に出始めるとそういうわけにもいかなくなった。

 もちろん彼らにはそんなこと一言も言わなかったけれど、3人の生活を面倒見るために貯金を切り崩しながらの活動であった。幸い大手企業に勤めるはるぴよの給与は安定していたし、3人とも逞しくギルドの待機所での雑魚寝生活がまるでも苦でもなさそうだったので、生活費といっても食費くらいのものだったが、流石にいつまでもこのままというわけにもいかないだろう。

 

 こうしてチャンネルとして人気が徐々に出てきている以上……そもそもはるぴよチャンネルの人気は彼らの強さが無ければ成立しないのであるから……きちんと彼らに還元せざるを得ないだろう。そのためにはアンチも栄養として取り込むくらいの図太さが必要なのだろう。




(はぁ……ホントはこんな配信者になる予定じゃなかったんだけどなぁ……)


 はるぴよが憧れたのは、女子としての可憐さを残しつつもひたむきにダンジョン攻略に励む、いわば正統派アイドル系女子ダンジョン攻略配信者であった。憧れの彼女たちの純粋で真っ直ぐな頑張りは誰もが応援せざるを得ないものだった。

 そうした存在に自分もなれるのではないか? と思っていた。……だが現実はどうやらそうでもなさそうだ。


 ……けれど、それを受け入れることこそが大人になることなのかもしれない。

 誰もがアイドル系配信者になれるわけではない。だが炎上系配信者もまた誰もがなれる存在ではない。人は自ら役割を選び取るのではなく、与えられた才能に導かれるようにその役割に収まってゆくものなのかもしれない。


 はるぴよはそんな風に自らを客観的に見るようになっていったのである。






 (つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る