帰り道

キーンコーンカーンコーン…




「ふぅ…やっと終わった」




 掃除の後にホームルームが終わり、待ち望んでいた放課後となった。

 各々部活に向かう者や遊び行く者達が教室から一人二人と出ていく。 

 特に部活動には所属していない流星はと言うと帰って録画していたアニメを見るために帰宅の準備を急いでいた。




(…よし、忘れ物は無いな。今日は帰って「元勇者の俺は魔王幹部の騎士ナイト」(以降俺騎士)を見るんだ…!)




 教科書を鞄に詰め込み、席を立とうとしたその時だった。




「流星くん、この後の予定は空いてるかしら?」




「…はい?」




 頭の中がアニメのことでいっぱいだった流星はポカンとした表情で思わず聞き返す。




「だから、この後の予定は空いてるのかしらって」




「…空いてますけど…はっ!」




(しまった…予定を聞いていると言うことはこの後に来るのはおそらく放課後デートのお誘い…!時間があるとはいえ録画していたのは俺騎士だけじゃ無いし時間が足りない…でも断ってしまったら…)




「…何をそんなに慌ててるのよ。別に酷いことをするつもりじゃ無いわ。ただ一緒に帰ろうってだけよ」




「あぁ、なんだ…てっきりデートのお誘いかと…」




「ん…?あぁ、そういうことね」




(…ん?待てよ、今の物言いだとこれじゃ俺がまるで…!)




「流星くん、そんなに私とデートしたかったの?ふふっ、その気持ちは嬉しいけど今日はパパの誕生日なの。夫婦の時間を大切にしたいのは山々なのだけれど流石に家族の誕生日を祝わないわけにはいかないから今日はお預けよ。ごめんね?」




 基本的に感情を感じさせないその口元を少しだけ緩めて響華は最愛の夫へ断りを入れた。

 クールに決めてるつまりだろうがその口元から嬉しさが滲み出ている。そんなつもりじゃなかった流星はなんとも言えない表情を浮かべる。




「…じゃ、じゃあとりあえず一緒に帰りましょうか」




「えぇ。一緒に帰りましょ。手を繋いでね」




「えっ」




「…嫌だったかしら?」




 最後に付け足された一言に反応した流星を見て、響華は無表情ながらも少し声のトーンを落としながら呟く。

 そんな響華を見て流星は慌てて弁解する。




「あぁ、いや、そういうことじゃ無いんですけど…」




「じゃあいいわよね」



ぎゅっ




「あ、ちょちょっと!」




(…この人…落ち込んでたの嘘じゃん…)




 響華の演技にまんまと釣られた流星はと半ば無理矢理恋人繋ぎをされ、周りの生徒からの「あぁまたやってる」という視線を集めながら教室を後にした。







 校門前、生徒が行き交うその大通りのど真ん中を恋人繋ぎで歩く。

 いくら思春期の男女が集まる場所だからと言ってもその行為はなかなか見られるものではないため注目を集めないはずもなく、流星と響華には多数の視線が注がれていた。




「あの〜…綾部さん?」




「何?」




「その…恥ずいっす」




「別に気にすることは無いわ。夫婦として普通の振る舞いをしてるだけよ」




(…気にならないはずが無いんですよ)




 いつも通りの無表情で平然と隣を歩く響華に対して流星は心の中で不満を漏らす。

 口にしてしまうと機嫌を損ねてしまうので胸の内に秘めておく。




「それより流星くん、呼び方」




「あっ…」




「二人の時は名前を呼んでくれる約束でしょう?忘れてもらっては困るわ」




「ごめん響華さん」




「さんは無し」




「…ごめん響華」




 響華に指摘されて呼び方を訂正する。二人の時は名前で呼び合う。

 それは入学して間もない頃に響華によって取り決められた二人だけの約束。流星が自分のことをどうしても名前で呼んでくれないので響華が決めたルールだ。

 昔は流星も響華のことを名前で呼んでいた。だが、高校で再会した響華は彼の記憶にいた響華とは遠くかけ離れていて、まるで




(やっぱり別人みたいだなぁ…)




 遠く離れた存在のように感じる流星はまるで他人のように扱うしかなかった。

 時々、本当に別人なのではないかと疑う時もある。

 でも、覚えていることは一緒で、あの日の約束も二人の間には確かに残っている。そんなことを考えると流星はこの不思議な感覚に陥るようになってしまっていた。その証拠に未だに名前呼びに慣れていない。 




(…やっぱり名前呼びは気が引けるな)




「…くん、流星くん?」




「っえ?な、何?」




 顔を覗き込まれて深くまで沈んでいた意識が引き上げられる。

 気を取り戻したかのように顔を上げると、無表情ながらもどこか不服そうにしている響華の顔が目の前にあった。




「また何か悩んでたんでしょ?」




「いやっ、別に何も…」




「もうその言い訳は聞かないわよ。前々からずっとそうじゃない。何か悩み事があるなら教えて。私達夫婦でしょう?」




「っ…」




 理由はどうあれ響華のまっすぐな想いと瞳に貫かれ、流星の心も揺さぶられる。

 こんなにも自分のことを慕ってくれている彼女に隠し事とはどうなのか。自分の全てを受け入れてくれている彼女に自分だけ卑怯ではないかと。

 



 少しだけ悩んだ末に流星の口は開かれた。




「その…うまくいえないんだけど、今の響華と昔の頃の響華が俺の中でどこか一致しなくて…嫌いってわけじゃないんだけど、なんか違和感があるっていうか…本当に響華なのかなって…」




 言いたいことがうまく言えず、流星は歯切れの悪い感じになってしまう。




「なんだ、そういうことね」




 響華は繋いでいた手を一度ほどき、今度は流星の手を優しく包み込むように握った。




「確かに、あの頃から私はだいぶ変わったわ。性格も、容姿も、声もね。成長の過程で私の全てはことごとく変化していった。でも、一つだけ変わらないものがあるの。流星くんも分かるでしょう?」




 そう言われて流星の脳裏に浮かんだものはただ一つ。

 自分から言うのは恥ずかしいものだったが、今の状況下ではあまり関係なかった。




「…俺への思い?」




「そう、流星くんへの愛よ。あの日、約束した時から私から流星くんへの思いは変わっていないの。その証として、あの日の約束は今もこんなふうに残っているでしょう?」




 流星の目には響華がバッグにつけている約束の指輪が目に入る。

 今もこうしてあの日の約束は二人を繋いでいる。そう思うと流星の中に何かじんわりとしたものが溢れ出てくる




「それに、進学先で巡り会えて、こうして二人で手を繋いで帰れてるのよ?それってやっぱり…」




「運命ってことじゃない?」




「っ!」




 普段無表情の響華から放たれる満面の笑み。それを見て、流星ははっとした。

 あの頃の彼女となんら変わりのない笑顔がそこにあったからだ。

 幼き頃によく見たあの笑顔。それはあの日から全く変わっていないという証。

 たとえどうなろうと響華は響華。それが答えだった。




「だから、安心して。私は私。いつになってもアナタの最愛の妻であり続けるから」




「響華…ありg「ねぇみてアレ!ちょーラブラブじゃん!」




「私もあんな彼氏ほしい〜」




「ちょっとやめときなよ〜睨まれちゃうよ?」




「ほう、あれが例の…」




 二人の世界に入り込んでいた流星は一人のギャルの声で現実に引き戻される。

 それと同時に自分が今立っている状況を察する。下校する生徒たちが行き交う校門前の通りのど真ん中。その生徒の一人一人からの視線が流星の体を貫く。

 羞恥心に駆られた流星は顔を真っ赤に染め上げて固まってしまった。




「…流星くん?」




 響華は相変わらず飄々とした雰囲気で固まってしまった流星の手を握ったまま心配している。

 等の本人は自分のせいで羞恥心にとらわれているとは全く思ってはいない模様。




「…その響華さん…早く帰ろうっ」




「え?ちょちょっと流星くん!」




 流星は罪の意識が無い響華の手を取り、逃げるようにその場を後にした。

 結局響華はなぜ流星が恥ずかしがっているのかが分からなかったが、流星の方から手を握ってくれたことがこの上なく嬉しくて家に帰るまで口角が上がりっぱなしだった。




 後日、何者かの手によって氷結の女王の満面の笑みが学園内に流出し、一部のファンが普段との激しいギャップに脳が破壊され倒れる人が続出して軽い騒ぎになったという。

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