第5話 「妖児・ラウラ出現」②

 勝彦がそう言った途端、清恵の顔がアッという間に曇ってしまった。

「いやぁね、その占い師! それでお父さん、どうしたの? その場からすぐに離れたんでしょ!」


 せっかくのお母さんの誕生日なのに、変なことを言って、お父さんったら信じらんない!とでも言いたげに真弓は語尾を強くした。


「いや、それがその後いろいろ話を聞いてね、今年のお母さんは運気が最大に落ちていると言われてさ。これを持っていればあらゆる災難から逃れられるって……」


勝彦はそう言いつつ、新聞紙の包みを破りはじめた。

 中から出てきたのは、日本刀だった。真っ黒な鞘に納められている。


「う、うそ……! お父さん、そんな占い師の言うこと信じて買わされちゃったの?」

 真弓のひと言に勝彦は少しムッとした。


「とにかく凄いんだ。何でも戦国時代のもので、この頃の刀は実戦向きだからすぐにボロボロになってしまい、この刀のように綺麗な刃を持って残っているものはそうないらしい。名前もついていて『鬼丸國光』って言うんだ。ほら、ちゃんと鑑定書もある」


 真弓と清恵、そして真琴は鑑定書を覗き込んだ。

(ホントだ。『鬼丸國光』って書いてある。でもこれ本物かなぁ?)

「それで、これを持ってると災難に遭わないの?」鑑定書を清恵に渡して、真弓は勝彦に質問を浴びせた。

 清恵と真琴はまだ鑑定書を眺めている。


「うん、乱世をくぐり抜けてきた刀だから保障しますってさ」勝彦は、信じやすい性分だった。

 「で、いくらだったの?」真弓がズケズケと聞いてきた。


「お母さんのいる前でプレゼントの値段を言えるかよ。でも、お前だけに教えてやる。これだけだ」勝彦は小声で真弓に見えるようにテーブルの下に指を1本出した。


(えっ! たったの1万円!)

 真弓の信じられないほど安い!これはニセモノよ!という目の動きに勝彦は慌てて「でも本当は500万はする代物をこんなに下げたんだぞ」と付け加えた。


(騙されたんだわ!)真弓はあきれてしまい、二の句が告げない。すると清恵が笑いながら話に加わってきた。

「そんなに凄いっていう刀の刃を早く見てみたいわ」


「よ〜し、見てびっくりするなよ〜」勝彦はやおら立ち上がり国定忠治の真似をして刀の柄に手を掛けた。

「抜けば珠散る氷の刃ぁ……」勝彦はそう言ったきり動かなくなってしまった。


「あれっ、あれれ……、ぬ、抜けない!」勝彦がどんなに引っ張っても、鞘を股に挟んで両手で柄を握っても、鞘と柄はくっついたままだった。

 これには、清恵も真弓も真琴も大笑いをしてしまった。


 「ちょっと、待て! 今すぐに抜いて見せるから! ハァ、ハァ……) と、とにかく、あのおばあさんは簡単に抜いたんだ。すごい……(ウーン、クソ!)輝く刃だったんだ。キラキラと……。変だな (こりゃ、イカン!) 抜けない!」


「ねぇ、ねぇ、お父さん……、本物だったらそんな抜き方したら危ないよ。 (ヒ〜ッ、おかしい) 指がなくなっちゃうよ〜 (クックク、そんなことないと思うけど)」真弓はそう言うのがやっとだった。


「あなた、もういいから……。大丈夫よ、抜けなくたって、ちゃんと飾らしてもらうから」清恵も笑いを堪えるのが精一杯の様子だ。

「すまない、抜けない。おっかしいなぁ、俺も持たせてもらったんだけどなぁ」

勝彦はガックリと肩を落とした。


 さすがに真弓は父親がかわいそうになってしまった。

「ねぇ、その占い師のおばあさんってどんな人だったの?明日、またそこに行けば会えるかもよ」

「さぁ、会えるかどうか。白髪混じりで、皺くちゃで、ねずみ色の着物を着ていて痩せていて、可愛いおばあさんだったんだけどね。嘘つきには見えなかった」

 勝彦がそう言った時だった。清恵が大声で叫び始めたのは。


「真琴っ!どうしたの?苦しいの?しっかりして!真琴!」


 見ると真琴が胸を押さえて床に倒れている。みるみる血の気が失せていた。

「真弓!救急車を呼んでくれ!俺は保険証を取ってくる。真琴、頑張れ!今すぐに先生のところへ連れて行ってやるからな」



 結局、真琴は救急車で近くの「八王子総合医療センター」へ運ばれた。真弓も一緒に行くと言い張ったが「明日が終業式だから、あなたは心配しないで早く寝なさい。大丈夫!今日が初めてのことじゃないんだから」と清恵に言われ、真弓は手付かずの誕生日のご馳走にラップを掛けたり、冷蔵庫にしまったりで床に就いた。


 牛乳を飲んだだけで、何も食べる気になれなかった。

「マコは今日が初めてのことじゃないんだよね。もう10回くらい救急車に乗ってるのかな。せっかく一緒にお料理作ったのにね」


 真琴は今までに手術を3回もしていた。学校も休みがちだが、いつも前向きに頑張っている弟の姿が頭の中いっぱいに広がってくる。


(わたしが剣道の練習で挫けそうになると、ニッコリ笑っていつもVサインで励ましてくれた)

 真弓はそんなことを考えたらとめどなく涙が溢れてきてしまい、この気持ちを何処へぶつけていいのか、どうすることも出来なかった。

 その内にいつしか泣き疲れて、深い眠りに入っていった。


 遠くで蛙の合唱が聞こえる。

 深い谷底へ落ちていくような、そんな夢を見たのだろうか。体が「ビクンッ!」と震えた。


 誰かが足元にいる感じがした。小さな笑い声に似た音が聞こえる。

 (マコ?マコが帰って来たの?)

真弓はまだ夢の中にいるような心地をぬぐえないでいる。


「クックク……。グェグェ、ググ……」

あまりに奇妙な声に真弓は目が覚めた、筈だった。しかし、手も足も動かない。目も開けられない。


(金縛り!!)初めての経験で一瞬パニックに陥ってしまった。

 よく美香が「夕べも金縛りにあったよ〜」と嘆いていたのを思い出す。

(金縛りってこんなに苦しいの⁉︎)


 今年の初め、ニッポン放送のオールナイトニッポン「魂ラジ(たまラジ)」で福山雅治が「金縛りの解き方は……」なんて話していたことが一瞬脳裏を過ぎった。でも、自分には関係ない話題と思って真剣に聴いていなかった。


(あー、手足が動かないだけでこんなにパニックになるなんて)

 実際、息の仕方も忘れてしまうくらい本当に苦しいのだ。


(とにかく落ち着け!)真弓は自分自身を励ましている間にも、あの奇妙な声が時折耳に入っていた。


「グッググ……、ギギギ〜」

(マコじゃないわね。……だ、誰かいるの?まさか、蛙が部屋に入ってきちゃった?)

そう思った時だ。


「クックク、おめぇ、真弓……。真弓だ。やっと……会えったぞ」

 変な日本語が足元の方から聞こえてきた。


                                    ……つづく




「闇鬼」は、毎月4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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