第7話 訪問者(後)

 作り物、という少女の言葉に驚いてしまう。

 思わず触ろうとしたテンパランスの頬を、少女は笑顔のまま平手打ちした。まったくもって容赦のない音が響く。


「手に触れてみても良いかしら?」


「あなたなら良いわよ。どうぞ」


 許可を得て、差しだされた白い手の甲に触れてみる。


「体温もあるし、柔らかいんだけど」


 滑らかな皮膚に、筋や血管の凹凸もある。人工物とは、とても思えない。


「そうね。でも、作り物、なの」


 少女に触れていた手を、逆に彼女に取られる。白い両手が、こちらの手を包み込んだ。


「私のところに、来て。塔が気になるなら、尚更。あなた達のお父様のことも、空飛ぶ研究所のことも、話してあげる」


 少女の瞳は、吸い込まれそうなほど澄んだ碧色をしていた。


「行くか?」


 エンペラーの問いに、強く頷く。


「もちろんよ」


 食器を片付けると、さっそくホバーカーを入れた倉庫へと向かった。元々4人乗りのところに、無理やり6人乗り込む。運転手に、エンペラー。助手席に、少女。後部座席の自分とテンパランスは、それぞれの膝の上にエンプレスとデスを座らせる。デスは走っていくと主張していたが、まだ起きたばかりということもあって、テンパランスが断固反対したのだった。

 徒歩であれば森の中を真っ直ぐに抜けられるが、ホバーカーでは迂回しなければならない。しかも、明らかに重量過多のホバーカーは、速度も遅く、高度も低い。テンパランスは始終不安そうに辺りを見回し、少女は「私が来た時間の倍は掛かっているわね」と楽しそうに告げた。


「子供なら良いと思ったが、甘かったか」


 エンペラーがぼやき始めた頃、ようやく街が見えてきた。「大陸ほどではないでしょうけど、それなりに設備は充実しているのよ」と、少女が得意気に話す。

 街の中央の通りを行くと、両脇に多くの店が並んでいる。飲食店に、小物店。花屋に服屋。外からでも見やすいように大きな窓を取られた店は華やかで、このような状況でなければ立ち寄りたいほどだ。

 それに、人も多い。塔を目当てに島を訪れた観光客が、砂漠の真ん中まで行く術を見つけることができずに足止めをくっているようだ。観光客にとっては痛手かもしれないが、店の主人にとっては思わぬ潤いだろう。

 中央通りを抜けて、左折する。住宅街に入ると、人通りは一気に少なくなった。

 緩やかなカーブを抜けて、坂を上りきる。すると、茶色い石造りの立派な屋敷があった。門構えを見ただけで、資金があると見受けられる。この屋敷こそが、目的地だった。

 鉄製の半円状の門をくぐると、塀の中は木々でいっぱいだった。庭の一画に、ホバーカーが止められる。ようやく地面を踏むことができた。地面と言っても土ではなく、石畳だ。

 事あるごとに教授の屋敷で世話になっている自分でも、気後れを感じるのだ。テンパランスは、尚更なのだろう。挙動不審にも見えるくらい、首を忙しなく動かしている。

 彼の行動を笑うデスは、落ち着いたものだ。慣れてしまうほどには、この屋敷を訪れているらしい。


「綺麗なお庭」


 幸せそうにため息を吐いたのは、エンプレスだ。まったくものが見えないわけではないが、庭の様子をすべて把握できるほどの視力は無い。

 目を伏せているエンプレスを不思議に思ったのか、デスが首を傾げる。エンプレスは気配で察して、彼に対してほほ笑んだ。


「音と匂いで、わかるの。ここは、澄んだ空気が波紋を作っているみたい」


「ふうん」


 デスは、エンプレスと同じように目を伏せて、自然に身を任せるように全身の力を抜いた。しばらくすると、何かに気付いたのか、目を開いてエンプレスに告げた。


「鳥がいるね。親子だよ。向こう」


 頬を上気させたデスが、庭の奥を指差す。エンプレスも、嬉しそうに笑って、同意した。


「子供は、仲良くなるのが速いな」


「子供かどうかはともかく、デスが素直だから打ち解けやすいみたいね」


 感心するテンパランスに、妹の性格を考慮したうえで述べる。


「周りが、大人ばかりだったもの。同年代の友達を作る、良い機会だわ」


 妹の楽し気な様子を見守っていると、エンペラーに肩を軽く叩かれた。


「そろそろ、中に入らないか?」


「きっと、ホイールがお待ちかねよ?」


 ふふっと、少女が可憐に笑う。その笑顔に、頷いた。

 石畳の上を歩いて、玄関の前に立つ。少女が呼び鈴を鳴らす前に、内側から扉が開いた。扉を開いたのは、少女に少しだけ似た感じの青年だった。人の好さがにじみ出たような、柔らかい笑顔だ。


「やあ、ジュニア。お疲れ様。エンペラーとデスは、久し振りだね」


 耳障りの良い、落ち着いた声の持ち主だ。彼こそが、ホイールなのだろう。ジュニアと呼ばれた少女が、嬉しそうに彼の横に並んだ。


「ホイールに言われた通り、連れてきたわ」


「うん。もうすぐマジシャンも戻って来るはずだから、先に中へ入ってもらおう」


 エンペラーとデスに続いて、妹と共に屋敷の中に入る。振り返ると、テンパランスは壁側に寄って立つホイールの顔を見つめたまま、一向に入ってこようとしない。

 じっと見つめられて、ホイールは居心地が悪そうに苦笑いを浮かべている。


「僕の顔に、何か付いてるかな?」


「あんたは、人形なのか?」


 率直な物言いに、ホイールはきょとんとテンパランスを見た。やがて、おかしそうに笑いだす。


「いや、違うよ。僕は、人間だ。ジュニアのことは、後で話すよ」


「あなたには、難しいかもしれないけどね」


 ホイールの腕に、自身の腕を絡ませたジュニアが、意地の悪い笑みを浮かべている。テンパランスの顔が、かっと赤くなった。


「どういう意味だよ、それはっ」


「どういう意味も、そういう意味よ?」


 今にも口喧嘩に発展しそうな2人を、ホイールが慌てて止めた。


「こら。やめなさい、ジュニア。ランスも抑えて。中に入ってくれ」


 そして、なぜかテンパランスの肩越しに、庭を見る。


「デビルもね」


 その場に居合わせた全員が、一斉に庭を見る。

 すると、空から、白髪の青年が舞い降りた。

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