◎第16話・狩りに行こうぜ!

◎第16話・狩りに行こうぜ!


 しかし、そこである問題が出てきた。

 男女関係のことではない。

「水薬の数が不安だね……」

 四人が荷物を持って集合するせっかくの機会なので、冒険者としての持ち物を確認しようと、カイルは全員に持ち物を開示させた。

 だが、カイル含め、水薬の数に不安がある。

「四大魔道具集めは、中には長旅になるものもあると思うんだ。でも一人二、三個の水薬ではあまりに心もとない」

 この世界に回復魔法は、というか魔法そのものはない。魔道具や水薬を作る技術はあるが、逆にいえばほとんど消耗品のそれらで、旅の窮地を切り抜けていかなければならない。

 それほどまでに大事なものを、道具袋持ちのレナスですら、それほど多くは持っていなかったのだ。アヤメに至っては、止血などの応急手当の技術や水薬ではない塗り薬に治療の主軸を置いていた。

「一説には、冒険者は『七つの祝福』、つまり一人あたり七個の水薬を持ち歩くのが理想とされる。それはみんな知っているよね」

「知っているが、なかなか実践できなくてな……」

 セシリアがぼそぼそ、モゴモゴ言う。

「しかも傷をふさぐものだけじゃない。解毒、気つけ、寒冷の順応、色々あってのもの。特にレナス」

「はっはい」

「きみは魔法の道具袋を管理しているのに、その中にあった水薬はたった四つ。これじゃ危機に遭ったら死んじゃうよ」

「はい……」

 レナスがしゅんとうなだれる。

「もっとも、道具袋持ちに依存してもいけない。旅の中では一党の分断やはぐれることもありうる。袋持ちに水薬の大半を預けていては、そのときに対処できない」

「おおせの通りですな……」

「というわけで、水薬を買うため、金策をすることになる。いいね」

「はい……」

「ん?」

 セシリアは素直にうなずくが、レナスは首をかしげる。

「勇者からもらった二千ドラースで買えばいいんじゃ?」

「それは貯蓄だ。安易に手を出すとすぐに融けるよ、断言する」

 節約。冒険者の資質の一つでもある。

「しかし、ではどうやって水薬代を稼ぐんだ?」

「先日、ギルドに野生動物の駆除依頼があったみたいだ。掲示板に張ってあった。大規模動員かつある程度の期間があり、報酬は出来高制なんだそうだ。これでまず資金を稼ぐ」

「野生動物……そういえば東の村から来たらしい人が愚痴ってた。今年は格別に畑を荒らして困るって」

「その通り。僕たちの腕で、水薬代を稼ぐ」

 カイルは腕を曲げてパンと叩いた。

「僕たちはあの怪盗を捕まえたんだ、油断さえしなければ、野生動物にも決して遅れはとらないはず」

「なるほど!」

 アヤメがしきりにうなずき、セシリアもしぶしぶと。

「遠回りな気もするが、確かに必要ではある……頭首殿の采配に従おう」

「急がば回れ。特に事前の準備は入念にしなければならない。旅は時に命の危険を伴うんだ、多少回り道してでも安全は図らないと」

「そうだな。その通りだ」

 カイルは満足げに宣言する。

「じゃあギルドに行って、参加届を書いて出してくるよ。畑を荒らす野生動物は決して弱くはないけど、僕たちはあの怪盗ガーネットを倒したんだ、結構な報酬になると思うよ」

 彼はそう言うと、傍らの外套をまとった。


 獣狩り初日。出発の時間。

 ギルドが手配した、南方面の馬車に乗って移動している。

「この面子で獣狩り、なんだかワクワクするね!」

 はしゃぐレナスを、しかしカイルは。

「まあ、たきつけるようなことを言った僕も悪いけど、油断はしないでね」

「それがしも里でよく狩ったものです。……そういえばレナス殿は【生存技術者初級】のはず。ワナを仕掛けるほうが、直接獣と戦うより向いているのではござらぬか?」

「あ! そういえばそうだね。ワナならそこそこ作れるよ。素材も道具袋の隅っこにあったはず」

「ワナかあ」

 レナスは思いがけないところで器用である。

 頼もしい。

 カイルは、いつもキャッキャしている彼女に対して、珍しくもそのような感想を抱いた。

「……水薬は作れないんだったよね」

「うん。生存技術にも料理にも、水薬作りは含まれないみたい。聞いた話だと『水薬調合師』の系統か【魔道具職人上級】じゃないとなかなか上手くいかないんだって」

「そっか。まあ気にすることはないよ。獣狩りでガッツリ稼ぐんだから」

 話に花を咲かせていると、いかつい男が会話に入ってきた。

「おう兄ちゃん、そこの女子三人と一緒に獣狩りに参加するのか?」

 カイルはとっさに警戒する。

「はい、そうですけど」

 しかし、要らぬ心配だったようだ。

「ほう……兄ちゃんは優秀だな。いい天性を持っている。女子三人も兄ちゃんの天性の効果を受けるに適している面々だ。これはいい成果が出せるだろうな。頑張れ」

「むむ、もしかして【鑑定士】の方ですか」

 カイルは言いつつ、いかつい男を観察する。

 まず【鑑定士】を持っていることは確実だとして、戦闘系と、いくつかの探索に関する天性も持っている気配がする。しかも中級、または上級もありうる。

 いうなれば万能型。それもレナスのような、【司令】で底上げしないと器用貧乏になる水準ではない。

 きっとこの男はパーティを組まず、単独で冒険に出られる、天才と呼ぶに足りる人間なのだろう。警戒どころか、敵対を避けたい相手だ。

 それはともかく。

「おう。【鑑定士】も持っている。他の天性は秘密だけどな!」

 この一言で、この男が「他の天性」を持っていることが確定した。きっとカイルの予想通りの内訳だろう。

「お名前をうかがっても?」

「俺はバーツ。お前は?」

「カイルです」

「カイル……んん? 勇者一党にいたカイルか?」

「そうです」

「いまは勇者のもとを離れているのか」

「はい」

「そうか、悪いことを聞いたな」

 ここまでの会話で、バーツはカイルの天性を把握している。

 つまり彼は、おそらくだが、カイルがその天性ゆえに勇者パーティを外れたことを察したのだろう。

「いえ、もうそういうのは大丈夫です」

「そうか。よければ色々教え……る必要はないな。全員、旅の経験はあるみてえだから、こういうのもすぐに馴染むだろ」

「お気持ちだけ頂いておきます」

 カイルが言うと、バーツはニカッと笑った。

「もうすぐ俺の狩場だ。お前らはどこまで?」

「もう少し遠くまで行ってみたいと思います」

「そうか、じゃあここいらでお別れだな。頑張れよ!」

「ご武運を!」

 言うと、馬車は止まり、バーツは「ありがとう!」と言って降りた。

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