第5話 子犬の願った奇跡

 起死回生のスーパーセールを実施してから1週間がたった。スーパーセールは大好評であった。あのオーク肉が評判となり、店は以前より客足が伸びていた。


 あれから俺は会社を辞めた。会社に行って10時過ぎに帰ってきて寝て、また会社に行く。たまの休日は1日寝て過ごす。そんな生活をずーと送っていた。会社を辞めることに未練はなかった。


 課長から業務の引継ぎをきちんとしろ!と何度も電話がかかってきたが、全部スルーをした。またアパートの退去手続き、荷物の運び出しなどで、1週間ぐらい東京と実家を行き来した。


 1週間バタバタしている間に、オーク肉の在庫が寂しくなってきた。お袋とトヨさんは、お店の看板商品がなくなることを心配し、俺にどうしようと相談をしてきた。


 大丈夫、俺がまた業者から直接買ってくるからと安心をさせた。

 早くサーマレットの地に行って、オークを狩らないといけないなーと、思い始めた。


 サーマレットの地に、行こうと考えていた前日の夜のことであった。


 俺は閉店の準備を手伝い、店のシャッターを閉めようとした時、店の横の段ボール置き場の方で、ガタッという音が聞こえた。気になったので見に行くと、段ボールの陰に「拾ってください」と書いてある段ボールを見つけた。


 嫌な予感がしたので、そーと段ボールの中を覗くと生後まだ2ヶ月ぐらいの豆しば(黒柴)が、寒空から逃れるように、段ボールの中にあるタオルにくるまって震えていた。


 9月になると途端に夜は冷えて来る。タオル1枚では辛いだろう。


 可哀そうに。こんなに小さいのに。黒柴は俺に気がついたのか、俺に向かって「くーん」と弱弱しい鳴き声を上げた。


 寒空から逃れたい、ぬくもりが欲しい、温かい食べ物が欲しいと言っているかのように。つぶらな瞳をこちらに向けて、助けを求めてきた。


 家はスーパーだし、あまり犬を飼うのもなーと思いながら、段ボールを抱え途方に暮れた。

 色々な理由があるにしろ、犬猫などのペットを捨てるのはよくない。ただ、この段ボールの中で震えている生き物には責任はない。いわゆる被害者である。あ、被害犬か。


 迷ったが飼うことにした。寒空で震えているのを見捨てられないし、別に実家だし。犬の一匹ぐらい飼えるから。お袋もいいと言ってくれたし。


 早速、黒柴を暖かい俺の部屋の中に入れてやった。少しの間、段ボールの中で震えていたが、部屋の暖かさによって体が温まってきたのか、震えが止まった。少し温めの牛乳と、お店で余った総菜のミニかつ丼(玉ねぎを抜いたやつ)をあげた。


 暖かい牛乳を全部飲み干し、だいぶ落ち着いたようだ。尻尾も左右に振り始め、俺の指などを嬉しそうに甘噛みし、ぺろぺろと舐め始めた。


 黒柴の毛がごわごわしていたので、クリーンをかけてあげた。本人も変化が分かった様で、綺麗になって嬉しそうであった。


 俺の顔を見て、ミニかつ丼を食べていいかと、伺っている様であったので、「たんとお食べと」言うと、よほどお腹が減っていたのか、がつがつと食べ始めた。ミニかつ丼をぺろりと食べ、やっとこ満足したらしく、俺の方を見てワンと元気良く吠えた。


 そして5分も立たないうちに俺の布団の端で、スースーと寝息をたてた。


 名前を決める前に寝てしまったな。まあ明日にでも名前を付けるか。俺も寝よっと。お休み。


 次の日の朝次早くから、俺の顔をペロペロと舐めている黒い物体がいた。一生懸命「くーんくーん」と甘えて、さらにぺろぺろ攻撃をしてくる、愛くるしい黒い物体がいた。


 そうだ名前がまだだったな。名前は「源さん」にしよう。特に意味は無い。なんか頭に浮かんだからだ。お前の名前は「源さん」だと言うと、気に入ったらしく、尻尾をぶんぶんと振って、喜びをアピールした。可愛い奴だ。


 さて俺は異世界に行って、オークなどの魔物肉を狩らないと。本当にそろそろヤバイ。肉も無くなりそうだし、何といってもお袋とトヨさんからの、いつ行ってくれるんだい攻撃が、日に日ににエスカレートしてきた。


 はいはい、行きますよサーマレットの地に。大丈夫です。今から行ってきますよ。


 そんな散歩にでも行くかの様なテンションの俺に、付きまとう一匹の珍獣がいた。俺が地下室の保冷庫に行こうとすると、当然のように源さんも付いてきた。


 源さんだめだよ。家でお利口にして待っててねと言うと、お座りをして「ワン」と吠えた。だが俺が一歩歩きだすと、同じ様に1歩歩く。可愛いけど連れて言って大丈夫なんだろうか⁉オークの餌になったらトラウマになりそう。


 本当は連れて行きたくなかったけど、まあオークなら源さんを守りながら戦っても、大丈夫だと思い、連れていくことにした。


 源さんにしても不安だよね。元の家族に捨てられたトラウマがあるだろうし。

源さんと地下室の保冷庫からサーマレットの地に向かった。


 サーマレットの地に降りついたとたん、源さんがもがきだした。

 忘れていたが、最初に俺もこの地にやってきた時、急に魔力が体に入ってきて1分ほど、大変な目にあった。


 だがその後、身体能力の向上や、願うと叶う魔法の力を得たけど。


 源さんは大丈夫か?


 源さんは1分程すると落ち着いた。何事もなかったかの様に、俺の周りをぐるぐる回ったり、10メートルぐらい先に飛んでいる蝶々を追いかけたりし始めた。

 しかし地球にいた時の、数倍の早さで駆け回り、蝶を捕まえようとして飛び上がった高さは、優に3mは超えていた。


 これは俺と同じ効果がでているのかな?どう見ても身体能力が向上している。すごいじゃないか源さん!


 しかし、源さんに現れた変化はそれだけではなかった。


 源さんは願っていたのだ。太郎と話したい、太郎に寒空から拾ってくれたことに対して感謝を述べたいと...。そして変化という名の奇跡が起こった...。


 「ご主人様ありがとうだわん!元気いっぱいだわん!ご主人様の役に立ってみせるだわん!」と話し始めた。


 すげーな異世界、何でもありじゃんか。でも足元をぐるぐる回りながら、感謝を述べる子犬に、太郎は心底癒された。

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