ドミネイター~催眠アプリを駆使して進む最強への道~

ラバーマン

プロローグ 勇者逃亡中

「そこの馬車、止まれ!」


 エランドール王国の東部辺境、森の中をゆく人気のない古い街道。

 御者台に座り、手綱を取って幌馬車を東に進ませていた俺の背中を、何者かが居丈高に呼び止めた。

 急いでフードをかぶりながら声のほうを確認すると、軍馬を駆る三人の騎士が馬車を追いかけてきている。

 あと数日で国境だったんだが、どうやらそう簡単には逃がしてくれないようだ。

 俺は一瞬、馬に鞭を入れて全力で走り出すべきか迷ったが、どう考えても無駄なのでやめておいた。

 相手は身軽な騎兵、こっちは鈍重な幌馬車。駆けっこして勝てるわけがない。

 仕方なく手綱をゆるめてスピードを落とすと、騎士たちは素早く馬車を追い抜き、行く手を遮るように立ち塞がった。

 騎士の中の一人、立派な口ひげを蓄えた隊長らしき壮年の男が、射抜くような視線を向ける。


「我々は逃亡中の反逆者を探している。フードを取り素顔を見せろ。荷台も検めさせてもらう」

「勘弁してください、騎士さん。俺が反逆者なんかに見えますか? ただの商人ですよ」


 と、視線の威圧に耐えながらダメもとでアピールしてみたが、こんな台詞で引き下がってくれたら苦労はない。

 案の定というべきか、騎士は俺が命令を即座に実行しなかったことに機嫌を悪くしたようだった。完全に逆効果だ。


「貴様、騎士の命令に反抗するつもりか?」

「とんでもない。私はただ人違いだと──」

「もうよい。素直に従う気がないというなら、力ずくで従わせるまでだ!」


 いきり立った騎士が俺に向かって広げた手のひらを突き出し、素早く“力ある言葉”を唱えた。

 と──次の瞬間、力場によって構成された不可視の腕が、俺の頭から強引にフードをむしり取った。

 〈魔法の腕〉、あるいは単に念動力とも呼ばれる、手を触れることなく物体を動かす初歩的な力場呪文だ。この騎士、どうやら魔法の心得があったらしい。

 白日のもとに晒された俺の素顔を見て、


「ふっ、どうやら当たりを引いたようだな」


 と、隊長が不敵な笑みを浮かべた。


「黒い髪、黒い瞳、その肌の色と顔立ち・・・・・・間違いない、反逆者イサミ・クロノだな。貴様には聖女レノアを殺害した容疑がかかっている。大人しく投降せよ!」


 三人の騎士が次々に長剣を抜き、臨戦態勢を取った。事ここに至っては、もはや口八丁でどうにかなる状況ではない。

 仕方ない、あれを使うしかなさそうだ。

 俺はポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出すと、素早く〈ドミネイター〉というアプリを起動。

 不可思議な魔法陣が表示された画面ディスプレイを、騎士たちのほうに突き出した。


「信じてくれ、本当に人違いなんだ。俺が聞いた噂によると、反逆者イサミはここから西に千キロ行った場所に隠れているらしい。そっちを探しに行ったほうがいいんじゃないか?」


 魔法陣に吸い寄せられた騎士たちの目から、束の間、意志と知性の光が失われた。

 そして次の瞬間、騎士たちは突然態度を豹変させた。

 

「ふむ、そこまで言うならお前の言葉を信じるとしよう」

「どうやら本当に人違いだったらしいな。時間を無駄にしたようだ」

「反逆者は西だな。情報提供に感謝するぞ、商人よ」


 もはや誰一人、俺が反逆者だとは思っていない。

 それどころか俺のでたらめな言葉に感謝さえして、言われたとおり西に向かうつもりのようだ。

 この場を目撃する第三者がいればあり得ない態度の急変に疑いの声をあげただろうが、幸いここには他に誰もいない。


「どうも。皆さんも任務、頑張って下さい」

「うむ。──行くぞお前たち、遅れるな!」


 心にもないことを言う俺にはもう目もくれず、騎士たちは鮮やかな手綱捌きで馬首を巡らせ、西の方角──俺たちの進行方向とは反対側──に向かって、軍馬を駆り立てた。

 あっという間に遠ざかっていく騎士たちの後ろ姿を見送り、俺は安堵のため息をつく。やれやれ、今回も何とか乗り切ったようだ。

 俺はアプリを落とし、スマホを大事にポケットにしまった。まったく、こいつが無かったらどうなっていたことか。

 それにしても、聖女殺害、か。

 妙なことになっちまったもんだ・・・・・・

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