第16話 完璧美少女と妹 その2
最初から分かっていたはずだ。
私も小学二年生で初恋をしたわけだし、遥くんだけが高校二年生まで誰も好きにならなかったなんてことはあり得ない。
それでも、遥くんは女子に興味を示している様子が全くなかったから、もしかしたらと都合よく目をそらしていただけだ。
別に今好きになってくれればそれでいいのに、なぜこんなにも心に引っかかるのだろう。
初恋は特別なものだと私が知っているからだろうか。
その特別な席に私が座っていたかった、なんて思うのは贅沢だろうか。
「ちょっと待って下さい!」
そんな思いに打ちひしがれながら村田家を出ようとすると、ふいに後ろから呼び止められた。
「…あの、もしかして昔よくうちに来てたゆいさんですか?」
(…へ?)
その言葉に一瞬思考が停止する。
あり得ない。確かに何度か顔を合わせたことはある。
でも7年も前に数回会ったことがあるだけの人間を覚えているなんてことがあるだろうか。
…そういえば昔遥くんが「夏季は俺なんかとは違う本物の天才だ」とか言ってたような気がする。
「…覚えているんですか?」
「やっぱり!そうですよね!
…少し話しませんか?」
こうして私と夏季ちゃんはリビングに戻って少し話をすることになった
「いや~まさかお兄ちゃんとゆいさんが付き合ってるとは~」
「つ、付き合ってません!」
「あはは、冗談ですよ~」
ソファの隣に座って話している夏季ちゃんはずっと愉快そうに笑っている。
(でも…)
その目の奥は笑っていないことに気がつく。
そしてその理由も私にはわかっていた。
「…ごめんなさい」
「…」
さっきまで笑っていた夏季ちゃんは真顔になる。
「本当にごめんなさい」
私はただ頭を下げた。
ごまかすつもりなどない。言い訳するつもりなどない。
初恋のことも含めて、私がいなくなってからの7年間の遥くんについて私は目をそらし続けてきた。
でも、遥くんが明らかに人とのかかわりを避けていること、その原因が自分なのではないかということは薄々気が付いていた。そして、夏季ちゃんの表情を見るにそれは事実なのだろう。
「ごめんなさい。遥くんに何も言わずに転校したのは事実。すべて私が悪いの」
ただただ頭を下げる。許してもらえなくてもいい。許してもらえるはずなどない。
それでも今の私には頭を下げることしかできない。
「…でも、私は遥くんのことが大好きだから。遥くんは私がずっと一緒にいたいと思った初めての人、唯一の人なの…私に遥くんの隣にいる資格がないのは分かってる…それでも…」
「…今だけはそばにいさせて」
ああ、みっともない。自分がしたことなのだ。潔く身を引くべきなのはわかっている。それでもこのわがままだけは…
「…そうですか。
頭を上げて下さい。別にゆいさんのことを恨んでいるわけではないんです。
…いや、正直恨んでいた時期もありました。でももう今はどうにも思ってませんよ」
「…え?」
顔を上げると先ほどまでの表情とは打って変わった穏やかな表情の夏季ちゃんがいた。
「すいませんでした。もしかしたらお兄ちゃんを騙して近づいているのではないかなどと疑っていました。でも、今の言葉を聞いて安心しました。ゆいさんにも事情はあったのでしょうし過去をとがめるつもりはありませんよ」
そんなにあっさりと…
「That they’re good at sociability can permit a person.
人を許すことから人付き合いは始まりますから」
そう言った夏季ちゃんはなんの穢れもない清々しい笑顔だった。
(…ああ、そうなのか)
これが誰かの名言なのか、そんなことは全くわからない。それでも、夏季ちゃんはこういう人間なんだ。人を信用できる、簡単に許せる、そんな温かい人…。
これで自分の罪が晴れたわけではない。もし遥くんに許してもらえたとしても罪が晴れることは無いだろう。それでも、心が少し軽くなる。
「…ありがとう」
こういう人になりたい、人を愛せて人に愛されるような、こんな人になりたい。
私は目の前で笑う一つ下の少女に憧れの感情を抱いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます