第39話 彼女の祈り

 銃声が聞こえた。レイラは音の方へ向かう。


 やっと追いついたレイラが見たのは、倒れているショウだった。そばにリュウジの姿はない。レイラはショウの身体を持ち上げて自分の膝に乗せた。


「ショウ、しっかりして」

「ゴメン……レイラ。もう無理だ。本当はもっと早くから……思っていた。きっと、辿り着けないと……レイラは……生きて……」

 ショウは弱弱しく微笑んだ。弾は腹部を貫通している。地面にはおびただしい血の量が流れていた。


「お願い。もう喋らないで」

 必死に言うが、彼はなおも続ける。

「レイラ……最後に……キスして欲しいな」

「もう、こんな時に……」

 レイラは手を伸ばし、彼の頬に触れる。頬には無数の擦り傷がある。ゆっくりと傷口をなぞった。両手でそっと頬を包み、優しくキスを落とした。


「ありがとう……これで、ゆっくり眠れそうだ……愛しているよ。レイラ。きみに会えて本当に良かった……」

 消え入りそうな声でショウが呟いた。それが、最後の言葉だった。


 レイラは横たわる彼を抱きしめた。涙が溢れ、言葉にならない。もう涙は枯れたと思っていたのにとめどなく溢れてきた。ショウの髪をそっと撫でる。ふんわりとした薄茶色の髪は指が通るたびサラサラと流れていった。


「約束したじゃない。絶対に死なないって。みんなと約束したじゃない。2人で楽園をつくるんじゃなかったの……」


 そっと彼を地面に横たえた。身を屈めて、2度と言葉を紡がないショウの唇に己のそれを静かに重ねた。


「好きだよ、ショウ。ずっと愛している」


 レイラは空を見上げた。すでに日は傾いて、空は茜色に染まっていた。夕日が白い山を染めて、きらきらと世界を輝かせている。こんなに暖かい色の世界に、自分達の居場所はどこにもなかった。横たわるショウと自分が重なって長い影を作っている。冷たい地面には2人の影とショウが流した血が融け合っていた。


「さようなら」


 レイラは顔を上げ、冬茜の空に向かって呟いた。


 立ち上がり、前に進んだ。前に進まなきゃいけないと思った。一人でも、一人になっても進まなきゃいけない。レイラの中にいる誰かが、彼女を急かす。木々の間にはまだ雪が残っていた。

              

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