第16話

できることを探してみるとは言ったものの、一体どこをどう探せば良いのだろう。

裕作は和室で胡座をかいてビール片手に虚空を見つめた。

あれやこれやと浮かんでは消えるシャボン玉のような思考は、掴もうと足掻く裕作の手をするりするりと抜けていく。

縁切りハサミを使えば簡単に解決できると思ったのにな。

裕作は少し顎をさすってビールを口に運んだ。

ごくりとやると、冷たい固まりが喉を流れていくのが心地よい。



だけど、なんで縁切りハサミで見えなかったのだろう。縁の定義を思い返してみる。

まず、互いが互いを認識している場合には縁が存在する。

一度結ばれた縁でも、互いに相手のことを忘れてしまったら自然消滅してしまう。

縁切りハサミを使うと物理的に縁を切ることができて、物理的に切れた縁はいつまでも消えずに存在し続ける。

縁切りハサミを手にすると、自然消滅してしまった縁は見えないが、現在結ばれている縁と物理的に切れた縁は見ることができる。



ハサミで見えなかったということは、記憶喪失で失われた縁は自然消滅の縁に近いということだろうか。

なんだかしっくりこない。やっぱり、自然消滅というよりは突然ブチっと切れるようなイメージだよなあ、と裕作はごろんと畳に寝そべった。

天井の染みが「諦めちゃえよ」と言っているような気がして、そういうわけにもいかないのだよ、と裕作はため息を返した。



翌朝、裕作は縁切りハサミを持って事務所に出勤した。

昨日一晩考えてみたけれど何も思いつかなかった裕作は、結局自分が何かの役に立てる可能性があるとすればハサミしかないよなあ、と縋るような気持ちでハサミを手にしたのだった。

事務所の椅子に座り、木箱から取り出したハサミをくるくると弄ぶ。

こうしてハサミを手にしていれば、何か良い考えが浮かぶのではないか——そんな淡い期待を抱きつつしばらく考えに耽ってみた後で、裕作はふいに虚空をチョキンとした。

ハサミは切れ味の良い音を発するだけで、もちろん裕作の悩みを解決してくれる素振りは微塵もみせなかった。

そりゃあそうだよな、と自分の馬鹿さ加減に薄く笑いながらハサミを木箱に戻そうとした時だった。



突然、事務所の扉がノックも無しに開かれた。

裕作は驚いて飛び上がり、咄嗟にハサミをズボンのポケットに隠して扉の方に目を向けた。

そこには、太った禿げづらのやたら偉そげなおっさんの姿があった。

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