第3話

「それなのによう、遠藤のやつのせいで、俺は散々だよ。

遠藤はな、今から2年程前にしがないサラリーマンをやめたんだ。

ちょうど遠藤が、ああ、もちろん同級生の俺もだが、60歳を迎えた時だな。

今どき再雇用ってので65歳まで働くなんてザラだろ?

なのに、遠藤は高校卒業から42年間勤め上げた会社を辞めちまったんだ。

それだけなら、別に俺もとやかく言やしねえよ。

だけどなあ」



だけど遠藤さんは、仕事を辞めて2年程経った今年の1月から、おっさんに「たかる」ようになってしまった。

金の無心のため、事あるごとにおっさんの元を訪ねてきた。

なんでも何かしらの事業を始めたいとかで、まとまったお金が必要らしい。

テレビや雑誌で紹介されるほどの成功を収めているおっさんは、当然資産も潤沢だ。

金持ちのおっさんは、遠藤さんの恰好の標的になってしまったのだという。

何の事業なのか気になった裕作はおっさんに質問してみたのだが、

「詳しいことは知らねえよ。遠藤のやつ、なんか熱心に話してたけどな。」

と返ってきただけで何の事業なのかはさっぱり分からなかった。



もともとお金を貸す気など毛頭もないおっさんが遠藤さんの話を真面目に聞くわけもなく、

何度か話を聞いたらしいのだが「詳しいことは何も分からない」らしい。

分からないんじゃなくて解ろうとしないんじゃないか、

とまるで中学生が親に抱くのと同じ感情が裕作の心に芽生えたが、そもそも会ったことすらもない遠藤さんのためにそんな感情が長続きするはずもなく、

裕作は「まあ何でもいいか」と納得して話を進めることにした。



「それでは、『遠藤さんとの縁を切る』というのがご依頼の内容でしょうか?」

裕作がおっさんに尋ねると、おっさんはいかにも、と深く頷いた。

「遠藤との縁切りをお願いしたい。

このままだと本当に遠藤に金を貸さなきゃいけなくなりそうなんでな。」

遠藤さんが一体何のためにいくらのお金を必要としているのかは分からない。

だけど、普通より少し——いや、かなり儲かっているであろうおっさんにとって、幼少期からの友情を全く無かったことにすることよりも、お金を貸すことの方があり得ない選択のようだ。

——いいか?親身になって別の道を一緒に考えるんだぞ。

はいはい、分かってるよ、父さん。



「いまお伺いした限りでは遠藤さんとのご縁はとても深いもののように感じたのですが、本当に縁切りしてしまっても良いのですか?

縁切りしてしまうと、遠藤さんと関わった記憶も全て失ってしまいます。

幼い頃に遠藤くんと遊んだこと、遠藤さんと飲んだお酒、一緒に麻雀したことも全てです。

あなたの人生から遠藤さんの存在が消えてしまいます。」

裕作はできるだけ丁寧に、できるだけ噛んで含めるように、できるだけ重々しく聞こえるように、おっさんにそう告げた。

だけどその重さはおっさんには届かなかったようだ。

「別に構わん。

この歳になって今更昔の感傷に浸りたいこともないしな。

昔の記憶よりも今の金だな、大切なのは。」

考える素振りも見せずに軽い返答をしながら、おっさんは自分の言葉に納得するようにうんうんと頭を動かしている。

裕作は、自分の言葉の無意味さを実感しながらも続けた。



「縁切りをしなくても、他の解決方法はないものでしょうか?

物理的に距離を置くとか、これまで通り拒み続けて諦めてもらうとか、弁護士に相談するとか、何でもいいので縁を切らずに済む道はありませんか?」

「なんだ?

なんでそんなに縁切りさせたくないんだ?

さては、何かやましい理由でもあるのか?」

「とんでもございません。

私は縁切りによって発生する弊害については全て包み隠さずお伝えしています。

逆に、弊害が多いからこそ、これほど慎重になるのです。

ご面倒かとも思いますが、どうかご契約の前に今一度しっかりと考えてみては頂けませんか?

本当に縁切りしてしまっても良いのかどうかを」



あなたみたいな面倒な客からのクレームはごめんなので、という言葉はかろうじて飲み込んだ。

おっさんは、ふん、と鼻を鳴らしながら固く腕を組み目を閉じた。

やっと真剣に考える気になったらしい。

裕作がホッとしたのも束の間、おっさんはものの5秒程で目を開けると、

「ごちゃごちゃ考えるのも面倒だし、別に構わないからとっとと縁切りしてくれ」

と裕作に告げた。

親身になって一緒に考えるんだぞ。

父の言葉がループする。

シンミニナッテ、イッショニ。

親身も何も本人が考えることを放棄しているんじゃないか。



裕作はこめかみをぐいぐいと押さえながら深く考え込んだ。

もちろん、考えていたのは、縁切りせずに上手く収まる道などではない。

裕作は、おっさんに後々クレームを入れられることのないよう、落ち度なく縁切りを完了するための手順をシミュレーションしていた。

とりあえず、馬鹿丁寧に説明しておけば何とかなるか、と裕作は思った。

おっさんは、曲がりなりにも一企業のオーナーだ。

おっさんとて、できれば変ないざこざは避けたいはずである。

よし。



「承知しました。

では、遠藤さんとの縁切りについて、正式に契約を進めさせて頂きます。

これから、詳しい縁切りの流れや注意点の説明いたしますので、何かご質問などございましたら、ご遠慮なくお尋ねください。

また、契約が完了するまでは、途中で契約を破棄することも可能です。

縁切りを止めたくなった場合には、ご遠慮なくお申し付けいただければと思います。」

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