第24話 予兆

「ねぇ、麻美」


 目の前に掲げた自分の両の手の平をじっと見ている麻美に、亜美は声をかけた。

 だが、話し出そうとしたとたんに、ジト目の麻美に先を越された。


「あなたまたそんな恰好して。今は冬なのよ?いくら寒さを感じないと言っても、上着くらい羽織ったらどうなの?」

「なんで?一応これ、冬仕様の下着だけど。ほら、ここら辺とかモケモケなの!可愛いでしょ♪」

「そんなものを誰に見せるつもりなの?」

「決まってるじゃない。もちろん、やっくんだよ?」

「やめなさい、嫌われるわよ」


 ひとしきり文句を言うと、麻美は再び視線を自分の両の手の平へと戻してしまう。

 仕方なく、亜美はそのまま麻美へと話し始めた。


「あんたもホントは気づいてるんでしょ?」

「なんのことかしら?」

「とぼけないで」


 ふぅ、と息を吐き出し、麻美は両手を静かに下ろす。


「確かに、行動できる範囲は狭まってきたわね」

「でしょ。前はもっと、この家を中心にして結構な範囲動き回れたし、あとはやっくんさえ移動してくれれば、やっくんを中心にして結構な範囲を動き回れたのにさ」

「でも、それだけではないわ」


 そう言って立ち上がると、麻美は太陽に向かって右手をかざす。


「実体化すらも、危うくなってきているわ。ほら……私の右手、陽にかざすと半透明になっているでしょう?」

「ほんとだ。じゃ、私もだね、きっと……あー、やっぱり」


 亜美の隣に立ち、同じように太陽に向かってかざした右手は、青空がうっすらと透けて見えている。


「私たち、そろそろなのかもしれないわよ、亜美」

「確かに。まー、心残りはやっくんの事だけだったし。やっくんにはもう美七海っちがいるしね。私たちが見守り続ける必要も無くなった、ってことかな」

「そうね。私たちが居なくなって泣いてばかりいたあの小さなやっくんは、もういっぱしの大人になったものね」

「私たちにとっては、まだまだ可愛い弟なんだけど」


 フフフと、どちらからもなく笑いを漏らしあい、亜美と麻美は上げた右手同志でハイタッチをしようとしたものの、お互いの右手は空を切っただけ。


「この分では、年は越せないかもしれないわね」

「またやっくん、泣いちゃうかなぁ?」

「美七海さんがいるから、大丈夫でしょう」

「でもさ、しんみりしたお別れは寂しいから、パーッと派手にお別れしたいね」

「……あなたが『派手に』なんて言うと、何をやらかすか分からないから少し怖い気もするけれど」

「いやいや、人と人を繋ぐ糸をバチバチ切りまくってるあんたにだけは、怖いなんて言われたく無いんだけど⁉」


 涼しい顔をして亜美の言葉を受け流す麻美の右手には、いつの間にか小さなハサミが握られている。


「もうすぐクリスマスね。楽しみだわ」

「……だから、あんたがそのハサミ持って言うと怖いってば」

「最後のお楽しみくらい、許されるでしょう?」

「でも、そうか……クリスマス、か。うん、ちょうどいいタイミングかもしれない」

「そうね。『派手に』お別れするには、ちょうどいいイベントじゃないかしら」


 フフフと、再びどちらからともなく笑いを漏らしあい、亜美と麻美はお互い見つめ合って小さく頷いた。

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