事の起こり③



 咲弥の話では、概要はこうだ。


 ――先日、学校の屋上から飛び降り自殺をした女子生徒がいたらしい。

 それだけでも相当な悲劇だが、自殺は十代の死因一位二位を争う多さである。残念なことに、病んだこの国では決して奇異な現象ではない。


 悲しまれるのは、その瞬間だけ。薄情なわけではなく、受験だ就職だ人間関係だと社会に出る前から人に揉まれる若人にとって、悲しむのにすら時間効率タイパが求められるというのが塩辛い現実なのだ。


 だが――悲劇はなしはそこで終わらなかった。


 女子生徒の葬儀には、クラスメイトも参列していた。通夜は粛々と執り行われ、追悼する静謐な空気が秩序となって場を満たしていた。

 その最中、調和を粉々に砕いたのが、あろうことか女子生徒の母親だった。


 『クラスに吸血鬼がいる。私は人間のまま死にたい』――それは遺書ではなく告発文と呼ぶべきもの。


 しかし、吸血鬼などという非現実的な言葉がまともに受け取られるわけもなく、思春期特有の詩的な文章だと扱われた。そのうえ通夜も終わってしまえば、生者と死者を繋ぐものは次第に薄れていく。既に終わったこととしてクラスメイト達も捉えているらしい。


「……でも、ボクはそうは思わないわ」

「して、その理由は?」

「勘かしら」

「勘かよ」

「というのは冗談で、ボクがそのクラスメイトの一員だから思ったんだけど」

「オイ」

「じょーだんじょーだん!」


 なにそんな重要情報を伏せてんだこいつ。ぺろっと舌を出した顔は可愛らしいが、メイドとしては失格だろう。


 俺と同じように、咲弥もまた草薙さんに使用人として雇われている。反発して白衣を羽織っている俺とは異なり、咲弥にそのような反骨精神はなかったのか、メイド服を着用している。こうして静かに窓拭きをしていれば、楚々とした使用人に見えるのがなんかずるかった。


「まあでも、【エス】の存在に確証はないのはホント。だって見たわけじゃないもの」

「やっぱ勘じゃねぇか」

「それは否定しない。けど……だからって普通、『吸血鬼』なんて表現は使わないでしょ」


 もっともな直感に、俺は言葉を返せず口をつぐむ。


 『鬼』ならばまだ分かる。道徳に反した加害者を、人でなしだと侮蔑する意味合いが含まれるからだ。

 だが『吸血鬼』となると話は別だ。文字通り、血を吸うひとでなし。そんな非現実的な形容、実際に血を吸ったところでも目撃しなければ――、


「血を吸ったところを目撃したから、被害者は殺された?」


 【エス】は膨大なカロリーを要する。タンパク源たる人の生き血など、絶好のエナジードリンクだろう。

 だが咲弥は「いえ、」と否定する。


「自他問わず殺される危険性があったから、免れるべく先んじて……かもしれないわ。いずれにせよ、遅かれ早かれ死が彼女を呑み込んでいたのは確かかもしれないけれど」


 遺書というよりも告発文、告発文というよりも警句のようだ……と思うのは、俺達が【エス】という埒外の存在をよく知っているからだろう。クラスメイトや自殺に第三者の関与がないか調べている警察ら認知していない人々には、被害者の決死の叫びは届かない。


 だが、真実を知る者達には執行猶予の宣告となって、心を大いに揺さぶったに違いない。どこからか秘密が漏れ出て、あまつさえ口封じが不発に終わったという。


「それと、葬儀に立ち会ったから分かった……ボクを見て、眉をひそめるような空気が充満してるのが」


 だから副島麟太郎の時に遅れてきたのか……と思うのと同時に、そんな針のむしろのような場所から脱出する口述になったのならば、死にかけたことも清算チャラにでき……るわけではないのだが。


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