第3話

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【ゴブリンスレイヤー】

《説明文》

 ゴブリン種を10000体倒した証。ゴブリンと戦いやすくなる。

《効果》

対峙するゴブリン種の全能力値が10%マイナスされる。


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「バグか……?」


 そんな疑問を呟いてしまったのは無理もないことだった。


 報告を終えたあと、探索者専用のパソコンが置いてある個室で【鬼狩り】について調べた黒井だったが、そんな称号が検索でヒットすることはなく、他にも様々な側面から検索をかけた結果、ようやくたどり着いた目の前のページには【鬼狩り】じゃなく【ゴブリンスレイヤー】の文字があった。


「アビス内の舞台も開発元も日本じゃないから、翻訳が上手く行かなかった説は確かにあるが……いや、そもそも翻訳なんて誰がするんだ。というか、翻訳したにしても内容変わりすぎだろ」


 そんなツッコミを一通り終えてから黒井は脱力する。


 攻略情報が間違っているとは到底思えなかった。なぜなら、その情報はアビス開発元の会社が関わっている――謂わば公式とよべる情報だったからだ。


「あとは企業が持ってる情報だが……俺は『攻略組』じゃないしな……」



 探索者は、大きく2つに分けることができた。



 国が運営する探索者組織に所属する『治安維持組』と、アビス攻略を目的とする企業所属の『攻略組』。


 これには、発生するゲートの条件が大きく関わっていた。



・ゲートから半径3キロ圏内に、新しいゲートは発生しない。


・ダンジョンは最奥にある『ダンジョンコア』を破壊することで攻略でき、その瞬間にゲートも消滅する。



 多くの調査を経てわかった事実。そして、発生したゲート先のダンジョンランクはランダムであるということを考え、国連は『低ランクのダンジョンについては、ダンジョンコアを破壊せずに維持せよ』という指示を下した。そうすることで、たとえゲートから魔物が溢れだしたとしてもすぐに対応できる最大の安全を確保しようとしたのだ。


 ちなみに、低ランクと定められているダンジョンランクはFからD。


 故に、企業が攻略を目的としているダンジョンはランクC以上であり、そのダンジョンに通じるゲートが発生する地域も既に限定されている。


 そして、そんな企業が持っている情報が出回ることはなく、黒井のような治安維持組が閲覧することはできなかった。


「というか、なんで公式も知らない情報を企業が持ってるんだよ」


 ツッコミというよりは疑問。いや、疑問というよりは洩れた不満ですらある。


 アビスに関しては、公式すらも分かっていない事が多かった。なにせ、元のデータは消えており、ゲーム内容とゲート先が似ているというだけで、本当にそうなのかどうかは誰にも分からないからだ。しかも、そのゲームは開発途中……。『アビス』というのも、他に名称がなかったから付けられた名前に過ぎない。


 まあ、だからこそ攻略組なんていう最前線ができあがったわけでもある。そして、それを商売にする企業が生まれたのも納得はできた。ゲート先で撮った映像は、国相手に売ることができるからだ。


 つまり、黒井が今まさに見ている情報というのは、公式が必死にかき集めた初期資料と、企業が国に売った情報の集合体でしかなく、信憑性については実際にダンジョンで経験するしかなかった。


 そして、逆に言えば、攻略情報に記載されていない情報であるなら、黒井が国に売ることもできるということ。


「ただ、売るならちゃんとした記録を撮らないといけないんだよな……今のままじゃ報告にしかならないからな」


 そんな独り言をボヤいている時だった。


「――黒井さん……開けてもいいですか?」


 扉の向こうから、ノックとともに馴染みある女性職員の声が黒井を呼んだ。


「はい」


 それに応じると、扉が開いた先にいたのはやはり受付の女性職員。そして、なぜかその表情は浮かない。


「なにかありました?」

「その、黒井さんを訪ねてきた人がお見えで……」

「訪ねてきた人?」


 それに彼女は躊躇いがちに頷いた。


「アストラルコーポレーションからです」

「アストラから……」


 アストラルコーポレーションとは、攻略を目的とした企業の一つだった。


 それはまさに、渡りに船のようなタイミング。


「どうします? たぶん、引き抜きだと思うんですけど……こちらから断りましょうか?」

「いえ、会いますよ」

「会うんですか!?」


 黒井の返答に彼女は驚いたように声をおおきくした。


「はい」

「でも、これまでは断ってきましたよね……?」

「すこし話したいことがあるので」


 そう言って黒井はパソコンを閉じて立ち上がる。しかし、女性職員のほうは呆然と立ち尽くしたままだった。


「もしかして……攻略組に戻るんですか?」


 その問いに黒井は首を横に振った。


「戻るつもりはありません。ただ、話したいことがあるだけです」


 それでも、彼女の表情に明るさは戻らない。不安になっている理由はわかっている。


 だから、黒井は小さく息を吐いてから口を開いた。


「俺が攻略組に戻るのなら、【治癒魔術師】としての役割を与えられると思います。でも、俺はかつて仲間を救えず攻略すらできず、自分の命惜しさにのうのうと一人だけダンジョンから逃げ帰ってきた男です」


 そして、目の前にいる彼女を安心させるために、無理やり笑みを作るしかなかったのだ。


「そんな俺が……攻略組に戻れるはずないじゃないですか」


 平静を装って言ったつもりだった。しかし、二年経った今でも、それを口にする声は震えてしまっていた。

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