第0.6話 特殊能力

犯した罪ではなくて、持っているエネルギー量で公表内容を変えているなんて、そんなことをしていたとは思ってもみなかった。


黄色帽子のおじさんが、髭をあやしながら思案げに言葉を紡ぐ。


「あヤツらが素直に犯した罪だけを公表するはずは無いじゃろうから、当然そうなるじゃろうな。

じゃが……ワシの見立てでは、あのアリスちゃんは相当量のエネルギーを持っていると見ておるぞ」


1ヶ月生き延びさえすれば、NHO登録済み境界侵犯者として受け入れられるという希望が見えかけていたのに、黄色帽子のおじさんは水を差す。


「どうしてですか!?」


緑帽子のおじさんが僕の肩に手を置く。

僕が黄色帽子のおじさんに食ってかかるのをやめて、落ち着けという意味だろう。


「現れた“場所”と“状態”。

それがすでに奇妙だからとでもいえばいいか?」


たしかにそう言われてみると、噴水の中央に位置するガラスのオブジェの中という不思議な“場所”に現れて、しかも眠ったままの“状態”だった。

そういう奇妙さが、エネルギーとの関連性があるのかと考えさせられる。


おじさん達の話が突飛なものだとも思えない。

もし黄色帽子のおじさんの言うように、彼女のエネルギーが大きいのだとして、XHD境界守護者は彼女のエネルギーをどうにかして奪いたいと思うだろう。

そういう方向に動くということは、それほど想像に難くない。


もし、XHD境界守護者やその上層にあるものが、ゲートを運用するのに必要なエネルギーを獲得するには、ゲートをくぐってきたもの達から奪うしか、他によい方法を知らなかったとしたら……。

当然のことのように、エネルギーを奪うだろう。

そして、そのエネルギーを奪う方法が、ゲートを超えた者達を苦しめたり、殺めたりしなければならなかったなら、そうするということだ。

それほどまでにゲートとは革新的な技術で、このおじさん達のようにゲートを使いこなしてXHD境界守護者の手から逃れていられるほどに有用だ。

XHD境界守護者が相手にしているのも、ゲートを超えたXHO境界侵犯者という存在だから、使わざるをえないということなのかもしれない。


その上で、XHO境界侵犯者が罪を犯そうと、全く犯すまいとを気にしていられないほど、ゲートの運用や維持に必要なエネルギーが足りていないのだとしたら……。

相手がたとえ人であっても、ゲートを超えてきた時点で他所の世界の住人なのだ。

どうなってもいいと、線を引いているのかもしれない。

それほどまでにXHO境界侵犯者を警戒する何かをがあるのか。


おじさん達の話を聞いていたら、僕の中でXHD境界守護者というものを、これまでのように全面的に信用することが出来なくなっていた。

世間ではモテはやされて、一部の隊員にはたくさんのファンが着くほどだが、境界を超えたものに対して無差別に酷いことをしているというのなら、話は全然別だ。

たしかに治安を守るには必要とされる場合もあるのかもしれないが、現在の方針を貫くならば僕にとっては犯罪集団と大差はないようにも思う。


おじさん達はまたなにか言い合いをしている。


「だから、あのアリスちゃんが赤ずきんとか」


「いいや、シンデレラじゃ」


「眠れる森の美女で間違いない」


「とかを話し込んでいたのよ」


「それって、なんなんですか?」


「そうよね。

ええと、分かりやすくいえば、属性?とか特徴を表すものかしら」


「属性?特徴?」


「私たちが持っているエネルギーは極少ないものよ。

そのおかげでアイツらのセンサーにほとんどひっかからずに生き延びられたと言ってもいいわ。


でも、あの子は明らかに違う。

私たちよりも大きなエネルギーをもつ子たちの持つエネルギーは、ちょっと特殊だったりするの」


「それが属性や特徴ってことですか?」


「シンデレラとはじゃな。


まずは、見る者を引きつけるのじゃ!

してさらに!あらゆるものが似合うんじゃ!


ドレスじゃろうと、ボロ着じゃろうと、ジュエリーやただの石ころさえも、彼女が身につければ、たちどころに良く見える!

そういう力を秘めておる」


「それだけですか?」


「お主!

言うに事欠いて、それだけじゃと!?

良いか小僧!

見る者を引きつけるというのは恐ろしい力なんじゃ。


そやつを見た異性は無条件に彼女の事が好きになる。

この意味が分かるか、お主」


「惚れ薬?」


「うおほん!

やっぱりお主に聞いたのが悪かったのじゃ。

いや、惚れ薬と言えんくもないが、もっと良い表現をして欲しかったものじゃ。

しかし、強力であることは間違いないじゃろうて」


「たしかに……無条件に好きにさせられるものなら、悪いことにも使われちゃうってことですよね?」


「彼女が悪いことを企めばそうなるじゃろうな。


悪いことの代表は妲己というやつがいたが、ワシは好かん。

かぐや姫という娘は、時の権力者『ミカド』にすらその力を行使して、翻弄したというからのう」


「じゃあ、赤ずきんや眠れる森の美女はどうなんですか?」


「まずはあたしからいいかしら?」


「ああ、俺はとりでいいぞ」


青色帽子のおじさんの目が輝きだした。

もちろん比喩だが、本当に好きなことをこれから話せるという期待感があるのかもしれない。


「じゃあ、赤ずきんからね。


赤ずきんは家族に愛さるわ。

それから、あまり親しくない人にも好感を持たれるの。

お母さんやおばあちゃん、猟師さんみたいにね。

みんなに大事にされるわ。


そして、オオカミや森の動物たちと話すことができる。

オオカミには食べられちゃうけどね?

それも、赤ずきんがとても魅力的だったからなの。

誰でもよかった訳じゃないのよ」


「つまり、同性にも異性にも、動物にも広く好かれるっていうことですか?」


「ご名答!

あなた、なかなか推理力あるじゃない。

なんて言うのか。

そうね……癒しのオーラを持っている……ってイメージかしら」


「なるほど。オーラを持っている、ですか」


「終わったか?

次は俺の番でいいな?」


「ええ、いいわよ」


「よし。坊主」


緑帽子のおじさんが僕を見て低い声を出す。


「お前。

恋をしたことはあるか?」


「え?なんですかいきなり。

恋……ですか?

自分ではよく分からないけど、いいなと思ったことはありますよ?」


「そうかそうか。


いやなに、恋をすると、時には男たるもの強敵に立ち向かわねばならない事があるもんだ。


そんな時に、眠れる森の美女が恋の相手で、しかも彼女も自分に恋をしてたら……!」


緑帽子のおじさんはわざとらしく言葉をためている。

僕は何を言うのかさっぱりなので、静かに待つことしかできない。


「どんな強大な敵にでも打ち勝つ、力を与える!


いわゆる、精霊の加護のようなものを集約的に与えられる。

あの娘がもし、眠れる森の美女であれば。

俺だってお近づきになりたい所だ。

なんてったって、どんなピンチも切り抜けられるようになることが約束される様なもんだ。

どうだ?坊主だって彼女の心を射止めたいだろう?」


「は、はい」


緑帽子のおじさんが声を張り上げたので、少しだけ耳が痛いくらいだ。

でも、もしそんな事が可能ならすごい力かもしれない。


「みどさん。

眠れる森の美女の能力はそれだけじゃなかったじゃろう?

小僧に教えてやらんのか?」


「黄ぃ坊、そりゃあ今から言うところだ。


ああ、眠れる森の美女は動物と心を通わすことができる。

それから満18歳になるまで精霊が見守っている。

そしてめちゃくちゃ育ちがいい。

まあそんなところだ」


後半の説明はなんか投げやり?

たしかに最初に言ってた能力に比べると地味かもしれないが、それはそれですごい気もする。


「それでじゃ。

あの娘の出現のしかたなら恐らくは、何かしらの能力があるくらいのエネルギー量だと推測できるわけじゃ。

じゃからヤツらはあの子を手放さずに確実にエネルギーを奪うじゃろう」


湖に映る彼女はまだ眠っている。

なにか手を打たないと彼女が殺されてしまう!

僕にはそれが許せなかった。


「みなさん。

僕を彼女がいるところに送ってもらうことはできますか?」

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