ルブランと3人のおじさんたち

第0.3〜0.4話 儀式

3人のおじさん達に連れられて、知らない場所に来た。

途中途中にナノマシンを残して来るつもりだったが、赤や黒に塗り込められていた形跡のある石柱の間を通った時、搭載していた全てのナノマシンとの接続が切れた。

今はどんなプログラムを叩いても無反応だ。

一応試してみたが、ほかの体との接続もうまくいかない。


おじさん達にたずねても、「そういうもんだ」「まあ、気にしないこった」「良いじゃない。今なら何をしても監視されてないのよ?」と言った具合で取り合ってもらえなかった。


「坊主、今から行くところは絶対に他言無用だぞ」


「言ったら私たちみんなあの世か牢屋行きかしら?」


「その前にワシャ逃げる算段を用意しとかにゃぁな」


どうやら3人の秘密の場所は、法的に怪しくてアンダーグラウンドなところらしい。


「わ、わかりました。

そこへ行けば、アリスやガリバーのことを教えてくれるんですね?」


「ああ、そうだとも。

だが、坊主がそこに行くには、ちょっとした儀式をしてもらう必要がある」


「まずはあの川を渡るのよ。

あなた泳げるわよね?」


「え!?川を泳いで渡るんですか!?


……って、ちゃんと橋がかかってるじゃないですか」


「お前さんは泳ぐんじゃよ。

ワシらはすでに儀式を終えておるからの。

橋を渡って待っとってやるわい」


「僕だけで泳ぐんですか?

泳ぐとか何年ぶりか……他に方法とかないんですか?」


「やらぬのならお主はここで置いてゆくだけじゃ。

その程度の覚悟で来たっちゅうことじゃったら、教えられんわいの」


「そうですか……。

じゃあ、ちょっとだけがんばってみます」


「何言ってんのあんた。

もし溺れてもアタシたちじゃ助けらんないからね?

しっかりおしよ」


「そうだ。

溺れたら溺れたで、そこでおしまいだ」


「マジすか」


「おお、マジだとも!

さあ、頑張ってこい」


「ちょっ!?」


ザバーン


「押さないでくださいって、あれ?

足つくじゃないですか」


「そこはまだ浅い。

真ん中辺りは少し深いぞ。

じゃあ、向こう岸でな」


「はい、またあとで」


僕を川に落として手を振り去っていく3人。

見ていると、本当に3人は橋を渡って行ってしまうようだ。

僕はこの川を泳いで渡らないとこの先に連れて行っては貰えないらしい。

足がつく場所で少しでも泳げるか試してみたら、何とか浮かんで居られそうだった。

不思議と服のままなのに体が重くなるような感覚はなかった。


「がんばれよ〜!坊主〜!」

「がんばんなさいよ〜!」

「がんばるんじゃ〜」


橋の上からおじさん達の声がする。

どうやら僕を励ましてはくれるみたいだ。

誰かにがんばれって励まされて何かをするなんていつぶりだろう?

特にスポーツとかをやらずに、マシンいじりに若い頃の時間をほとんど使ってしまったから、運動会とか球技遊びとかそんなことをしていた低年齢教育の時期以来かもしれない。

こんなに懐かしい感じ。

なんだか悪くないなと思える。

それにこの川が温かいのも気持ちが良かったりするからだろうか。


向こう岸までは何だかんだあっという間に感じた。

川から上がる時、なぜか水の重さを感じなくて、ずぶ濡れになったはずなのに、服も体も乾いていた。


「坊主、お疲れさんだ」


「うんうん、あんたならできるって思ってたわ」


「ささ、次に行こうかの」


おじさん達の後に続いて、次なる儀式とやらの場所に行く。

橋の先から川を上流へと遡る。

道は上り坂。


数十分の沈黙と永遠に思えるような坂道。

どこまで登るのだろう。

地図を隈なく見たわけじゃないけれど、こんな緑豊かな場所が近くにあるなんて知らなかった。

右手には先程渡った川がはるか下の方にある。

随分昇ってきたようだ。

左手には、頂上が雲に隠れて見えないくらい高い山がある。

山は緑に覆われていて、手付かずの自然がそこにある気がした。


そもそも、これほどの緑や川は、僕の知る限り保護区に指定された地域にしかなかった気がする。

保護区ってたしか、一般人は立ち入り禁止のはずだよね?

そんな所に橋なんてかかっているはずは無い。

あまり街から出ない僕には分からないのも無理はないのかもしれない。


それにしても、これだけ長い坂を登っているのに不思議と疲れる気配はない。

むしろ、登っていくことで、頭がスッキリと冴えていくようなそんな感覚もある。

川や山の緑は、心を落ち着かせてくれる何かがあるのかもしれない。


霧が深くなってきた。

坂道の先はあまりよく見えない。

行く手にゴゴーという音が聞こえてきた。

それまで沈黙を守っていたおじさん達が口を開く。


「お主の次の儀式の場までもう少しじゃ」


「あの音が聞こえるでしょ?」


「そろそろ見えてくるぞ」


音の出処は大きな滝だった。

雲の中から垂直に落下してくる大滝が、深い滝つぼの段をつくりながら、はるか下の川へと流れ込んでいる。

水飛沫を全身に浴びているのに、じっとりと湿ることはない。

あの川と同じように温かい。

爽快感が全身を洗ってくれているようで、生まれて初めての感覚だ。


「あそこに木でできた水受けがあるじゃろう?

あそこの水を両の手で3回分、飲み干して来るんじゃ」


「あそこですね?

両手3回分。

わかりました」


不思議とすんなり黄色帽子のおじさんの指示に従えた。

川を渡る前だったら疑心や反発心からくる文句の一つも言っていたかもしれない。

だけど、今は頭がスッキリとしていて、体もすごく調子がいい。

木造の小さな屋根がつけられた場所に、小さな木の枠を流れてくる水がチョロチョロと滴り落ちている。

その水を両手いっぱいに受けて、3度飲みほした。

その様子を後ろでおじさん達が眺めていたのだろうな。

振り返ると3人ともこちらをにこやかに見ていて目が合った。


「この儀式は2つ目ですか?」


「これは3つ目じゃ。

2つ目はホレ、今来た坂道じゃよ」


黄色帽子のおじさんが来た坂道を指さしながら言った。

意外だったけど、なぜかすんなりそれを受け入れている自分がいた。


「じゃあ、次に行こうか、坊主」


「はい」


僕は返事をしながら、おじさん達と一緒に、山へと向かう道へ足を向けた。

その先には階段が続いていて、階段は雲の上まで続いているようだった。

ナノマシンのアシストなしに登るのは辛そうだったけど、向かう足取りは軽かった。

長い坂道を登っても疲れなかったのだから、階段もきっとそうなんじゃないかという期待もあり、むしろ見たことのない景色が続いているので楽しくもあった。


登りながら黄色帽子のおじさんが話をしてくれた。


「この階段は、一段一段に文字が彫り込まれておってな。

一段一段登ると、その文字を一つ読んだことになる。

そして、全ての段を飛ばさずに登りきると、一つの文章を読んだのと同じことになるように作られたようじゃ」


「その文章を読むと、どうなるんですか?」


「その文章の効果は、階段を登った先にすることにも繋がっているのよ。

だから、着いてからのお楽しみってところかしら、うふふ」


「わかりました。

少し楽しみになってきました」


「もう一度だけ念を押すが。

ここの事は他言無用だ。

約束だぞ?」


緑帽子のおじさんは少し真剣な目で僕を見る。


「はい、言いません」


僕はまっすぐ緑帽子のおじさんを見返して、はっきりと答えた。


「よし、まっすぐ、一段一段登れよ?

段飛ばしはご法度だ」


最後の確認を終えたといった様子で緑帽子のおじさんは前を向く。


「うわっ」


突然雲の中に入った。

雲はひんやりとしていて、少しだけ寒い。

階段の一段一段が分厚い雲に覆われて視認できない。

足の感覚だけで一段ずつ登るしかない。

当然ながら、両隣にいたおじさんたちの姿は見えない。

少しの不安が過ったが、登るしかない。

ここまで来て引き返す理由もない。



雲の水分がまとわりつき、体が重くなってきた。

手の指先や足が冷たい。

雲の高さまで来ているからか、息が荒くなる。

自分が呼吸する音も聞こえないくらい分厚い雲が周囲の音を遮断している。

隣にいたおじさん達は、まだ隣にいるのだろうか?

一段一段を確実に踏みしめるため、集中力を足に向けているが、かなり辛い。

ここまでの道のりは全く苦しくなかったのに、ここへ来ていきなり重たい荷物をドスンと背負わされた感覚だ。

あと何段あるのかも視界が取れないのでわからない。


階段を登りながら、泣きたい気分になるくらい心から落ち込んでいる。

自分が何もできない単なる生き物だということを思い知らされる。

ナノマシンの助けがなければ階段すら登れないのか。

ニック、アイツが隣にいてくれていれば、こんなにも落ち込むことは無かったのに。

どうして1人で来てしまったんだろう?

こんな山奥に来たら帰り道はどうしたらいいのか。

もう帰りの分の体力なんてきっと残っていない。

ニックさえいればきっとどうにかなったのに。

自分1人じゃ、ここで終わってしまうかもしれない。

涙が自然と頬を流れるが、誰にも見られることもない。



足を動かし続けていると、なんとか視界が晴れてきた。

雲を抜けきると、少し先におじさん達がいた。

みんなこっちを振り返ろうとはしない。

僕も今は顔を見ないでほしい。

みっともない泣き顔なんて見てもらいたくない。

だけど、心の底からほっとしている自分もいて、余計に涙が溢れてくる。


階段を登りきるまではみんな無言だった。


「いつ来てもここだけはシンドいわい」


腕で顔を拭うような動作をする黄色帽子のおじさんがいう。


「そうだな」

「そうね」


おじさん達も、この階段だけは苦手らしい。


階段の上にはいくつかの柱が並んでいる。

その柱の下の方、ちょうど背丈くらいのところに、昔の船に付いていた操舵の舵輪のようなものが水平に付いていた。


「あの木の持ち手があるでしょ?

まずは左の手前の柱を右回りに持ち手を1周回してしてちょうだい。

その後、左の真ん中の柱、左の奥の柱。

そして今度は右に行って、右の奥の柱を左回りに1周、右の真ん中の柱、右の手前の柱をそれぞれ一周して戻ってきてちょうだい」


「少し複雑ですね。

左手前から順番にぐるっと回って戻ってくる感じで、左の柱が右回り、右の柱が左回りと」


自分の中でやることを整理するために口に出してみる。


「そうよ。

わからなくなったら声をかけてちょうだい。

もう1回おしえたげるわ」


「わかりました。

やってみます」


柱に付いた木の持ち手は油がしっかりとさしてあるのか、引っかかるようなこともなくすんなりと回ってくれた。

回していると、柱の中にある歯車が回って何かの音階を奏でる。

どの柱も音階の順序や流さが異なり、左右で合わせて6本の柱の持ち手を回すと、音がかみ合わさるように鳴った。


「あんた、こっちへ来て一緒に3回手を叩いて」


「手を?」


「そうよ。

しっかりと音を鳴らして叩くの。

行くわよ、せーの!」


ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ!


4人でタイミングを合わせて手のひらを打ち合わせる。

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