第3話 水を飲む。なんかくさい……

目の前のチビカピさんたちは優雅に水かきをしながらプカプカと遊泳を楽しんでいる。

ここは森の中の池。

池のほとりにもたくさんのチビカピさんたちが木陰や茂み、木の根の上や下に、みんな思い思いに過ごしている。


「かぁわいいぃ〜」


私は目下、癒されていた。


いや、悩んでいた。

そう、私は目下、悩んでいた。

飲み水のことで。


下を見ると、チビカピさん達にかき混ぜられて、少し濁った水に自分の姿が映る。

自分の顔がゆらゆらと揺れ、水面に毛やら土やら草やらが浮いていてよく見えない。

目の前のチビカピさんたちは、躊躇することなくゴクゴクと飲んでいる。

このコたちにとっては、ここの水は全くの無害なのだろう。


「この水、本当に飲めるの?

それとも飲まない方がいいの?」


問いかける私。

もちろん返事はない。

チビカピさんたちは我関せずと、飲んだそばから池に入って行く。

いくら異世界ファンタジーでも、さすがにこの濁ったチビカピさんエキス満載の水を飲む勇気が持てない。

もう少し衛生的なものを所望したい。


「……うぐっ……!」


頭のズキズキは続いている。

早く水を飲まないと辛いままだ。

このチビカピさんたちのエキスがたっぷりな池の水を飲まなくていい方法を探すなら、できる限り早く見つけなければならない。


まだ何とか耐えている頭痛と格闘しながら考える。

水は流れるもの。

この池の水がどこから来ているのかを確かめて、できる限り上流の方の水を飲もう。

私は後ろ髪を引かれつつ、癒し成分だけはたっぷりなチビカピさんたちの楽園に別れを告げて、池をぐるっと1周することにした。

どこかに川や水路があれば水の流れていく方向で上流と下流を見分けることができる。



水流探しをはじめて、すでに日が真上に来ている。

そして、もうすぐ池を半周ほどになる。

対岸も見える範囲を隈なく見ていたけど、残念ながらこの池の付近に川や沢は見つからなかった。

流水池ではなく、湧水池だったらしい。

つまり湧き水が溜まった池。

もしこの池が雨水が溜まったものだったら、ここまで水が澄んでいないし、匂いももっとキツかったはずだ。

どこか水底で今も水が湧き出ていて、地面に吸われたり蒸発したりで今の水位が保たれているのだろう。

それなら、ここの近くで井戸を掘れば水が湧くかもしれない。

湧き水は非常に綺麗でそのままでも飲めるらしい。

だけど、チビカピさんたちのエキスは綺麗とは言えないので、なるべくチビカピさんたちの場所から離れた地点で水を飲もう。


池に近いところに穴を掘ることにする。

衛生的に考えると、井戸を掘るのが1番だが、井戸は何メートルも深く掘らなければならない場合が多い。

井戸堀には最低でも数日がかりになる。

井戸を掘る前に、さすがに水を飲まなければ死んでしまう。

頭のズキズキは続いている。

早く水を飲まないと辛い。

昨日見た動画を脳内で必死で思い出す。

そして、簡易的かつ最低限の方法をとることにする。


池のすぐ近くを掘って染み出てくる水を飲む。

土の中を通った水は、不純物がろ過される。

いわゆる自然のろ過装置だ。

水源の質は明らかに悪いので、衛生面の不安はまだ残るが、生き残るためには多少の妥協も必要になる。

水はあるのに飲まずに死ぬのはごめんだもの。


まずは茂っている草を抜いたり掘り起こして根を取り除き、穴を掘るスペースを確保する。

固い根っこは持ってきた小枝で叩いたり突いたりして何とか取り除けた。

植物が生えていた地面の表層は手でも簡単に土をよけることができるが、そのすぐ下は硬い土がある。

土を少しづつ小枝で突いて崩れたものを手で掻き出す。

少し続けると深さ2、30cmくらいの穴ができた。


「水が出てくる!すごい!」


池側の土壁から水が染み出してくる。

初めは濁っていたが、濁った水を掻き出して池に戻すことを4回ほど繰り返すと、かなり綺麗に見える水が溜まってきた。


「これなら……飲めそうだわ!」


自分自身の偉業を称えたい。

ほとんどサバイバル番組のお陰だとしても、みるのと、やるのとでは雲泥の差、月とすっぽん、カエルとヘビ、ウナギとナマズ!

だからもっと褒めて欲しい。

そしてどなたかツッコミをください。


「でも、どうやって飲みましょう?

手は汚れているし、シェラカップも持ってきてないもの」


週末のために詰め込んだキャンプ道具があればいいのに、ここにはない。

辺りを見回して、水を汲めそうなものを探してみた。


「これは……どうかな?」


その辺に生えている草の中で、葉が大きめのものを使ってみることにした。

少なくとも、今の泥だらけの手よりも良いとは思う。

これ以上時間をかけるのも、生き残るためにまだまだやることが残っているから良くない。

他のことをするためにも妥協が肝心。

自分にそう言い聞かせて、葉っぱの先にわずかに掬った水を口に含む。


「ゔ……くさ…………。

でも、まあ……飲めなくは、ないわね」


いくら喉がカラッカラでも、美味しいとは絶対に言えない。

飲み水としてはかなりギリギリだけど、これを飲んですぐに死ぬことはなさそうではある。

土臭かったり植物っぽくて、少し砂利が口の中に入る。

それでも、命を繋ぐには今すぐにこれ以上のものは手に入らないと割り切るしかない。

それにしても、多くを飲む気にはなれないほどくさい。

くさすぎる。おえぇ……。


苦労して飲むことができた水だけど、これはあくまでも一時しのぎだ。

小枝を使って掘った穴はすでに土壁が柔らかくなってきており、池の水を受け続ければそのうち穴までの土壁が崩れて池と一体化してしまうだろう。

水を掬うのに使った葉っぱも、ほんの100mlほどの水を飲んだところだと言うのに、芯がふにゃふにゃとしてきていて、すぐに使い物にならなくなるだろう。

もっとしっかりした匙やカップなどが必要だし、長く生き残るためには、自然のろ過がもっと強い井戸を掘る必要もある。

この方法で飲み続けると、いずれチビカピさんたちのエキスや菌を飲み続けることになり、少量だったとしてもお腹を壊したり下痢になったり死に至るかもしれない。

衛生的にも、生命維持的にも、そして道具(葉っぱや小枝や穴自体)の耐久値的にも、これは一時しのぎでしかないのだ。


しかし、急場を脱することはできた。

それだけは本当によくやったと褒めて精神を安定させる。

サバイバルの一番の敵は……。

実は外敵や飢えや物資の不足ではなく、しっかりとした知識を活かすことを阻害する精神的な行動不能らしい。

もういいやと諦めてしまうと、いくら活路があってもどうにもならない。

逆に、絶望的な状況でも、精神的にやる気や意識が保てていれば、窮地を脱することに全力を出せる。

それだけが生死を分けるといっても過言では無いと動画の人も言っていた。

私はまだ大丈夫。

そう思うし、実際まだ異世界遭難してから数時間しか経っていない。

きっとこのさきけば、異世界らしいすごいことが待っているに違いない。


頭の痛みは良くなってきていて、また葉を拾ってきて、もう少しだけ水を飲んだら、次の目標に取りかかろう。

この世界でも、日が落ちれば夜がくる。

それまでに、体を温められる場所を確保したり、食事を探したり、まだまだ休んでいる場合ではない。


幸いなことに、疲労感は軽微だ。

水に映る自分を眺めて、改めて体が縮んでいることを実感した。

子供、正確には、小学生高学年から中学生くらいの年だろうか。

顔つきが明らかに幼い。


「これが……私」


手が小さいのも、背が低いのも、この顔の見た目と一致している。

あまり多くの水を飲まなくても良かったのも、疲労感が少ないのもきっとそのおかげだ。

元の世界のままだったら状況は違っていたかもしれない。

19歳の私なら、力は今よりあるかもしれないけど、こんなに歩いたらもう疲労で1歩も動けなくなっていただろうし、飲み水ももっと必要だ。

生き残るためには、今の体の方が都合がいいのは確かだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る