2-5.ミッション

「クゥの事はそれでいいとして――」


 ひょんな事から、モモンガ似の風精霊クゥと契約する事になったけど、今は他にやりたい事がある。


「少し身体を動かさないと」


 ストレッチをしてから、寝床の周辺を片付ける。

 大抵はインベントリのゴミ領域行きだったから、たいしたものは落ちていない。


 初日に脱ぎ捨てたムルゥー君のボロ切れ――衣服くらいだ。


「雑巾にもならない感じだな」


 素手で触るのが嫌だったので、トングで掴んでゴミ袋に突っ込んだ。


「そうだ。結界を出る前に――」


 パッシブ・サーチの魔法で、滝の周囲に危険な生き物がいないか調べる。

 脳内賢者ちゃんによると、熱源と敵意と魔力のようなモノを複合的に検知するらしい。


 熟練の魔法使いや暗殺者は魔力を隠蔽できるので、魔力探査マナ・サーチという専用の魔法で調べるそうだ。

 賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズの中にあったので、そのうち使ってみようと思う。さすがに、田舎の村人が熟練の魔法使いや暗殺者って事はないだろうしね。


 それはさておき、パッシブ・サーチで調べた限りでは、この周囲には危なそうな生き物はいないようだ。


「うわっ、寒っ」


 滝の水飛沫しぶきで濡れるし、気化熱でめちゃ寒い。

 結界の中だと飛沫が来ないから気づかなかった。


「賢者ちゃん、何かいい魔法ない?」


 困った時の脳内賢者ちゃんだ。


 雨合羽と蛇の目傘装備の賢者ちゃんが眼前に現れた。

 彼女みたいに、雨合羽を着てもいいんだけど、この身体だと裾を引きずっちゃうんだよね。


『結界でいいんじゃない?』

「移動させるって事?」

『うん、それでもいいけど、服みたいに身体に沿わせてやれば?』


 そんな事できるんだ。


 試しにやってみると、なかなか難しい。


『外側から結界を押して、身体に密着させるような感じでやると上手くいくよ』

「こんな感じかな――おっ、行けそう?」


 密着させすぎて、身体が締め付けられて苦しんだが、なんとか丁度いい密着度に調整できた。


『ちょっと不格好だけど、一応、全身を覆えているよ』


 及第点ギリギリだったみたいだ。

 これからも精進しよう。


 密着結界のお陰で、水飛沫で冷えることがなくなった。

 これで安心して結界の外に行ける。


「うわっ――と」


 滝裏に設置してあった結界を超えようとしたら押し戻された。


「なんで?」

『結界同士は反発するから』


 通り抜けるには、外側の結界を調整するか、解除するかしかないらしい。


 調整っていうのが上手くできなかったので、外側の結界を解除する。


「――あれ?」


 滝裏から出ようと思ったんだけど、地続きで行ける道がない。


 手持ちの魔法だと、浮遊か飛行の二つなんだけど、どっちも使った事がない魔法だ。


「賢者ちゃん、向こうに行きたいんだけど、浮遊と飛行のどっちがいい?」

『浮遊は浮かぶしかできないよ。水平方向に移動するなら飛行――なんだけど、浮遊と違って制御が難しいから、今のセイにはオススメできないかなー』


 あらら、詰んだ?


「なら、ウィッチ・ハンドで運ぶとかは?」

『自分を運ぶのはわりと難しいよ? 着地で地面に叩き付けられないように注意だね』


 これもダメか……。


 密着結界があればケガはしないだろうけど、好き好んで地面に激突したいとは思わない。


 ――そうだ。


「浮遊で浮かんで、ウィッチ・ハンドで背中を押すとかなら、どう? それなら、そこまで難易度は高くないと思うんだけど」

『うん、それなら大丈夫かな』


 脳内賢者ちゃんのOKが出たので、浮遊の魔法とウィッチ・ハンドの組み合わせで滝沿いの岩場へと移動する。


 安息の地から出かけるだけで、一苦労だ。


 まず、滝裏で浮遊魔法を使う。


 ――浮かんだ!


 気球に乗った時よりもふわふわしている。


 次はウィッチ・ハンドの予定だったけど――。

 ここはけっこう出っ張りが多いし、加減をミスして滝や水飛沫に突っ込むのも嫌なので、岩を掴んで身体を押し出すようにして滝裏から出る。

 結界越しだと濡れた岩のゴツゴツした感触がしなくて、ちょっと変な感じだ。


 ――広い。


 狭い洞窟にいたから、外が広く感じる。

 それに眩しい。季節は晩秋から初冬だと思うけど、よく晴れていて空が高い。


 どこがいいかな?

 周囲を見回して、着地予定地点を決める。


 滝壺周りの岩場が途切れた砂地にしよう。

 ここなら不時着しても痛くなさそうだ。


 オレはウィッチ・ハンドの魔法を発動する。

 懸念した、二つの魔法の同時使用――密着結界を入れたら三つの同時使用――もなんとか実行できた。

 うっかり気を抜くと、魔法の維持に失敗しそうだけど、チアガール姿の脳内賢者ちゃんが応援してくれたので頑張れた。


 オレはウィッチ・ハンドで自分の背中を押す。

 急加速しないように慎重にだ。


 滝壺の上を通り過ぎる時にはちょっと緊張したけど、浮遊魔法が途切れる事なく、無事に水面を渡りきった。


 そのまま砂浜の上まで来たところで、ウィッチ・ハンドを解除し、浮遊魔法の高度をゆっくりと下げていく。

 少し風に流されたけど、ほんの少しだ。


 砂浜の感触が足裏に達したところで、浮遊魔法も解除する。


「――ふぅ」


 ミッション・コンプリート。

 魔法の複数同時使用はなかなか神経を使うね。


『おめでとー、セイ!』

「賢者ちゃんも応援ありがとう」


 ドンドンぱふぱふと効果音付きで賢者ちゃんが成功を祝福してくれた。


 ――おっと、気が抜けたら足がもつれた。


 病み上がりだし、ちょっと休憩しよう。


 オレは砂浜にあった大きな岩の上に寝そべり、風景を楽しむ。

 嗅ぎ慣れた水の匂いに、風が運んできた森の香りが混ざり、大自然特有の匂いが鼻腔をくすぐる。


「――あれ? 賢者ちゃん、結界って匂いとか微風そよかぜは入ってくるの?」

『うん、デフォルトだと無害な周囲の匂いや光や熱や音は入ってくるよ。滝の音もしていたでしょ?』


 そういえばそうだ。


 滝の水飛沫や寒さが入ってこないから誤解していたよ。


『遮断もできるけど、完全に遮断しちゃうと外の情報が入ってこなくて、危険を察知するのが遅れるから、デフォルト設定はそんな感じにしてあるの』


 なるほど、もっともだ。


 オレは改めて周囲を見回す。


 大自然に囲まれた滝壺。透明度が高いのに、深いところは光が届かずに暗くなっている。


「見れば見るほど、絶好の釣りスポットだよねー」


 オレはストレージから、釣り竿と道具タックルを取り出した。


 さて、異世界の魚はどんなのかな?




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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。

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