第7話 yesterday

分かっているはずなのに

 月曜日、亜黒に頼んだように、僕は放課後まで時間をつぶしていた。


 クラスメイト達がそれぞれの準備をし始める中、僕は机に突っ伏したり、見ても何の意味もない教科書や問題集に目を通したりしていた。

 そんな中で、僕はただハイイロさんの言葉を思い返していた。

『そうかそうか! もう、そうなったら、あんたにはあんたの目で見てもらった方が早いね! この罰欲センサーが、どんなものなのかをね! ……じゃあ、ボクはここらへんで消えておくよ! お辛い片思いしてるがいいさ!』

 ハイイロさんの言葉に、あの時僕は頭の中で反論していた。罰欲センサーは正当な罰を僕に与えてくれている。だから、罰を受けた僕は、何も悪くないんだ、と。でも、ハイイロさんの言葉は、今日になるまでずっと頭の中から離れなかった。

 そして、僕はあることを考え始めた。

 もしかしたら、僕はもう、取り返しのつかない所まで来てしまっているんじゃないか。

 何がどのように取り返しがつかないのか上手く説明できないけれど、漠然とした嫌な予感が、僕の頭の中に宿っていった。

 

 教室から僕と亜黒以外いなくなって、夕日が差し込む教室が静かになる。十二月の季節の放課後の夕日は、いつもよりも濃い色をしていた。

 亜黒は電子オルガンの椅子に座り、電源を入れる。僕は隣に椅子を持ってきて座った。そして、お互い何も言わない気まずい沈黙が流れる。

「ね、ねえ……」

 鍵盤に目を落としていた亜黒が、何とか明るい表情を保とうとするような顔で、僕に言う。亜黒の目元にクマができているのが、すぐにわかる。

「何……?」

「yesterdayとLet It be、どっちが聞きたい?」

「あっくんの、好きな方で……」

 そう言うと、亜黒はゆっくりと鍵盤に目を落とし、弾き始めた。


 目を閉じて、僕は亜黒の演奏を聴く。

 いつもの、僕の知らないどこかへ連れて行ってくれるような音の響きは変わらない。だけど、メロディーは途切れ途切れになったり、急に遅くなったりして安定しておらず、何回も亜黒の演奏を聴いてきた僕は、胸を締め付けられた。

 いつの間にか、僕の頭の中には英語の歌詞が流れている。

 歌詞の意味を思い出して、僕は溢れ出しそうになる感情を抑える。

 僕が亜黒を殺してしまう前は、もっと心から明るく話すことができていたはずなのに。この曲を聴いて安心できていたはずなのに。

 罪なんて、はるか遠くにいるように思えたのに。

 本当はもう、分かっているはずなのに。全部僕のせいなんだと、罰欲センサーは正しい魔法じゃないんだと。

 でも僕はこの魔法に縋ってしまう。自分が悪いと思いたくなくて、亜黒ともっと一緒に居たくて、大嫌いな自分を殺してやりたくて。

 目を開けると、亜黒は手首を動かすのがやっとだというように、汗をかいて辛そうにしていた。

 ねえ、どうして? あっくん……。

 そう呼びかけたいのに、亜黒の表情は、何も言わないでと懇願しているみたいで、僕は何も声を出せなかった。


 どこか、深みのある音色。でも、その深みを潜るのを、亜黒に優しく拒まれる。いつも、亜黒の演奏を聴いて感じること。

 ねえ、あっくんは、その中に何を隠しているの?


 

 

 

 

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