須賀川下向(3)

 やがて、行列は幾つか小山が連なっている丘に差し掛かった。丘の尾根を進んでいるのでさほど坂は急に感じられないが、その両脇は、なかなかの坂になっているようだ。なるほど、須賀川は天然の要害の地であるらしい。

 一行は「南ノ原口」と言われる部分に差し掛かった。安藤によると、ここから進んだ先に、須賀川城の大手門があるらしい。

「皆の者、ぬかりはないか」

 錆びたような大音声が響く。あれが、二階堂家臣団を束ねる須田美濃守か。年の頃にして五十路ほど。彼の側には安房守と雅楽守、そして別の武者がいた。

 須田美濃守は、両脇にいる安房守と雅楽守に頷くと、二人は両翼へ兵を引き連れて散っていった。どうやら、須賀川城にはいくつか門があり、四方から囲むつもりらしい。

 だが、今図書亮が対峙している大手門の側にはやぐらが組まれていて、その天辺てっぺんには幾人もの兵の姿が見えた。

「治部大輔殿。只今為氏公が須賀川の地にご到着された。門を開けられよ」

 須田美濃守が城内に向かって呼びかけると、返事代わりに、一本の強弓が飛んできた。

 それを合図に、戦闘が始まった。図書亮も、すらりと太刀を抜いて門扉に取り付こうとした。だが、前方の門扉との間には堀が巡らされ、水を湛えている。そして、二の丸や本丸は土塁を築いた上に建てられており、下手にいる鎌倉軍は、城内からの弓矢の格好の餌食となった。

 たちまち鎌倉勢は一人二人と弓で射殺され、その死体は堀の中へ転げ落ちた。

 その光景に図書亮はぞっとしたが、戦に怯むようでは武士とは言えない。だが、あの強弓の雨をどうやって避けるか。

 ふとこの道を来る時に、両脇に町家があったのを思い出し、駆け戻る。町家のうちの一軒の戸を乱暴に叩くと、町人らしき男が顔を覗かせた。

「すまないが、これを借りていくぞ」

 そう言うと、図書亮は土間に立てかけてあった簀子すのこを手にした。もっとも「借りていく」とは言ったものの、実質的には強奪である。これを、楯代わりにして城壁に接近しようと思いついたのだ。

 元の場所に戻ると、中からも城兵が出てきて、斬り合いが始まっていた。

「我こそは、上野国の一色図書亮。足利家に系譜を連ねる者である。我こそはと思ゆる者は、出会え出会え!」

 大声を張り上げてみるが、片手に簀子では、どうにも締まらない。そんな図書亮を見兼ねたのか、誰かが袖を引いた。見ると、箭部安房守だった。その口元には、微かに笑いが浮かんでいる。

「元来義を重んじて節義に臨む時、その命は塵芥よりも軽く感じるのが、兵というものではありますがな。もう少し時宜を考えられよ」

 どうやら、彼が浮かべていた微笑は「苦笑い」のようだった。

 安房守はしばし思案していたが、その間にも鎌倉方の兵は突撃していき、討ち取られていく。辺りには既に夕闇が広がり、どうやらこれ以上戦を続けるのは無理のようだった。

 そこへ、須田美濃守がやってきた。彼も図書亮の奇妙な出で立ちに一瞬目を止めたが、すぐに安房守に目を向けた。

「城内の兵が多すぎるな」

「左様。戦の勝負は必ずしも勢いの多少によるものではありませぬが……」

 二人の意見は、どうやら一旦退却に傾いている。その気配は、図書亮にも感じられた。

「戦は時の運もあるとは申せ、それは平時のこと。城中の兵はあまりにも多く、こちらはわずか二、三〇〇ほどしか手勢がおりませぬ。ここは、少数の兵で大勢の敵に対峙するよりも速やかにこの舘の囲みを解いて兵を引き、次の策を練るほうが良いのではござらぬか」

 下野守は、何気ない様子で美濃守に進言した。もっとも、下野守は美濃守と同格扱いだから、それほど気を使っているわけでもないのかもしれない。

「うむ。若君には、拙宅で我慢して頂くとしよう」

 豪胆にも、須田美濃守はちらりと唇に笑みを浮かべた。そして、図書亮に再び視線を巡らせると、初めて視線を合わせてくれた。

「一色図書亮と申したな。名乗りは良かった。だが、町の者を怒らせると後々厄介だ。それは返してこられるがよかろう」

 その言葉を聞くと、図書亮は暗闇にも関わらず、思わず顔を赤らめた。


 ――背後から、城兵の囃し立てる声が聴こえてくる。だが、美濃守はそれに構わず伝令を走らせて諸兵をまとめると、須賀川の丘の急峻な坂を下り始めた。その道は、ここへ来た時とは異なり、東へと続いている。

「これから、どこへ向かうのだ?」

 すぐ前から、心細そうな少年の声が聞こえてきた。まだ声変わりもしていない。この声の持ち主は、間違いなく主の「二階堂為氏」だろう。

 きっと彼も、今晩は「須賀川城」で休めると思っていたに違いない。その当てが外れた。

「御屋形、ご心配召さるるな。これから和田の我がやかたへご案内致しますれば、皆へ御下知を」

「その和田の舘とは、遠いのか?」

 為氏も、須賀川に足を踏み入れるのはこれが初めてなのだろう。その声は、心細そうだった。

 夜道を行軍するのは、図書亮もまっぴらだった。

「一里にも満たぬでしょう。行く道も下るだけです」

「相分かった」

 美濃守に答える少年の声は、幾分かほっとしたようだった。だが、果たして図書亮ら家臣の寝泊まりする場所はあるのだろうか。

 そんな心配が顔に出ていたのか、美濃守はこちらを見て、説明してくれた。

「旗本も含め、多くの者はこちらにも家人のいる屋敷を持っておる。そなたら新参の旗本は、和田に来るが良かろう。館も二棟ある故、新参衆の寝泊まりする軒くらいは用意する」

 その言葉に、図書亮は安堵した。どうやら安藤から聞いていた以上に、須田美濃守はこの辺りの一大勢力の持ち主らしい。ひょっとしたら、その勢力は主の二階堂為氏以上かもしれなかった。

「よし。儂も久しぶりに高館たかだての屋敷に帰るとしよう」

 遠藤雅楽守も、大きく伸びをし、首筋を揉んでからこきこきと音を鳴らした。どうやら、彼も無事だったらしい。

 彼の屋敷のある「高館」は、昔ある上人が米山寺べいさんじという寺を開山した近くにあると、雅楽守は説明してくれた。近くには釈迦堂しゃかどう川という川があり、会津地方への交通の要衝でもあるとのことだった。

 さらに、これから図書亮一同が向かう「和田」には、逢隈川おうくまがわという大河も流れているらしい。

 そもそも、須賀川という地名は「清々しい川」という言葉が転じたところから、名付けられたという。

「なるほど」

 遠藤雅楽守の説明に、図書亮は肯いた。鎌倉生まれの鎌倉育ちの図書亮には、何本も川が流れる土地というのが、新鮮だった。 

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