第32話 見える逆転?

松浦まつうら汐良せら視点>


修学旅行から帰って来て、家の玄関の扉を開け、親の「お帰り。」の声を無視し、私は颯爽と荷物も片付けないまま自分の部屋のベッドにダイブした。

修学旅行中あった思い出したくないことが頭の中で繰り返され、絶望の気持ちの中、いつの間にか眠りについていた。




「…ら。せら。起きなさい。もうお昼になるわよ。」

「…うん。」


そんなお母さんの声に起こされ、時計を確認するともうすぐ11時になろうとしていた。


「もう。片付けも、お風呂も入らず寝てから。片付けはお母さんがやっといてあげるから、お湯張っといてあげたから、お風呂入ってきなさい。」


起きたばかりで頭が働かない私は、お母さんに促されるままお風呂に入った。

湯船につかっていると、次第に頭も目覚めてきた。


『汐良って本当に馬鹿だよな。』

『俺はお前の事もうなんとも思ってないし、何なら邪魔でしかないから。別れて後悔するのはあんたの方だったな。』


人の記憶というものは嫌な物で、思い出したくない、忘れたい記憶はずっと記憶に残っている。

それからしばらく、湯船につかっていたが、浸かれば浸かるだけ、振られたことが頭の中を占領するばかりだったので、私はすぐにお風呂から上がった。

リビングに向かうと、片づけを終えたのかソファーでくつろいでいたお母さんが話しかけてきた。


「もう、上がったの?温まれた?」

「うん。十分。」

「そういえば、荷物の中から眼鏡が出て来たわよ。友達のなら返してあげなさい。」


そう言ってお母さんが渡してきたのは、天野菜摘から貰った眼鏡だった。


「いや、それ私の方が似合うからって友達がくれたんだ。」


私はそう言いながらその眼鏡を受けとると、試しに一度かけて母さんの方を見た。


「どう?似合ってる?」

「ええ。とっても似合ってるわよ。そのお友達も汐良せらの事分かってるわね。」

「そう?それじゃあ、普段からかけてみようかな。…ん?」


話ながら母さんの顔を見ると、さっきまで何もなかったはずの母さんの額の所に83と数字が書いてあるのに気が付いた。

しかし、眼鏡を少しずらしてお母さんの額を見てもやはり何にも見えない。

私は不思議に思いその数字を睨みつけていると、


「どうしたの?お母さんの顔に何かついてる?」

「ん?いや、なんだか眼鏡のお陰でお母さんがいつもより2割増しで綺麗に見えるよ。」

「あら、やだ。お母さんを褒めても何にも出ないわよ。」


私が笑顔でそう返すと、お母さんはまんざらでもない顔でそう言った。。

そして、その時お母さんの額の所の数字が83から84へと変わったのだ。

どうして数が増えたのか?

見えるのは母さんのだけなのか。


「ちょっと、この眼鏡を掛けて出かけてきてもいい?」

「いってらっしゃい。夕飯までには帰ってくるのよ。」


そうして、私は身支度をして眼鏡を掛けて、この眼鏡の見える数字の謎を解明すべく出かけた。

なるべく、人と会いたいため商店街に向かったが、そこに居る人の額には何の数字も見えないいつもの光景だ。


商店街の中をできるだけ周りを見ながら歩いているといきなり男に声を掛けられた。


「こんにちは~。お姉さんちょっとお話ししません?」


ナンパだ。

いつもはあまりされないが、キョロキョロしながら歩いていたため、気の弱い女と思われたのだろう。

私は、ナンパしてきた男と目が合わないように、気に障らないように「すいません。」と断るが、男の方も諦めが悪く「いいじゃん。」と私の前に回り込んできた。

その時、初めてその男の顔を見て、驚いた。


その男の額の上には30という数字が書いてあった。


「ねぇ、ちょっとだけ。だめ?」

「嫌って態度で分かんないの?こんな昼間っからナンパなんかする時間があったら、働いて少しでもお金稼いだ方がモテるんじゃない?」

「は?」


数字が見える相手は貴重だが、ナンパ男はあろうことか私の腕を触ってこようとしたので、私はその手を払いのけながらそう言った。

言われた男は怒りが今にも爆発しそうな顔をして、その額の数字は28になっていた。


「ふざけたこと言いやがって。お前みたいな女、誰が連れて行くか!」


そう言って、ナンパ男は去って行った。

今のナンパ男には感謝しなければ。

彼のお陰でこの眼鏡の謎を大体理解した。


この眼鏡は話した相手の、自分に対する好感度が見える。


そして、この瞬間また新しい疑問が生まれて来た。

私が翔真の家に押しかけて、遊び半分で尋ねたあの質問の反応。


『あの日の前日、翔真。眼鏡買い替えてたわよね。その眼鏡で何か見えるようになったの?』

『そ、そんな訳ないだろ。ただの眼鏡だよ。なんならかけてみるか?』


今思えばあの反応、少しおかしい。

明らかに動揺していた。

それに、この眼鏡を翔真も持っているとしたらすべての辻褄が合う。


「なるほど。どっちがこの眼鏡の使い方が上手いか勝負だね。」


そうして、私は帰路に就いた。


その途中、公園の横を通るときに一人の少年と、見覚えのある女子が一緒にいるのが見えた。

私は手始めにと思い行動を起こした。



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